03

 先生は医院での診察に加え校医の仕事もある。コナン君はリア充小学生だし、ホームズ大好きマンの彼は毛利探偵の後をついて回るのに忙しく、事件となればホイホイ吸い込まれていく。そんな二人が俺に割ける時間はそう多くない。特に先生には負荷かけまくりで申し訳無さいっぱいだ。
 一方その負担を掛けている俺は何もすることがないしできることがない穀潰し状態である。タバコは吸えないしテレビもパソコンも携帯もなく、匿われている手前動き回るわけにはいかないのだ。そうでなくともベッドから降りてうろつくと怒られる。せいぜい新聞を読むぐらいか。

 今日も今日とて部屋で一人、読み終わった新聞を床頭台へ放り、ベッドで体を起こしたままぼおっとしていたら、こんこん、と控えめなノック音がした。
 コナン君は遠慮なくガチャリと入ってくるし、先生のそれとも違う。

「……はい?」

 ドアの隙間からひょこりと顔を出したのは、眉を下げたショートカットの女性。
 見覚えがある。以前読んだ調査の書類に部下が隠し撮りした写真が載っていた。先生の恋人だったかどうだったか。そこらへんは分からんが、新出家のお手伝いさんだ。

「あの、入っていいですか」
「……どうぞ」

 恐る恐る姿を見せ、さっと扉を閉めた彼女は、片手にトレイを持っていた。目を合わせるとびくりとされる。

「わ、私、保本と言います……その、ご、ご飯を作ったんです。食べてもいいって……ええと、あなたがよければ、と。智明さん……先生が」

 続くたどたどしい説明を聞くに、どうやら先生は学校の方でトラブルがあったらしく帰れるのがいつになるかわからないらしい。国際的犯罪者が潜り込むわ殺人事件は起きるわというような高校だ、テロの一つや二つあったのかもしれんな。
 別に一食や二食抜かしてくれて構わないのだが、せっかく作ってくれたのに要らないというのは失礼だ。

「……頂けるか」
「は、はい」

 保本さんはなんだかおろおろしながら近寄り、ベッドテーブルを俺の方に寄せてトレイを置いた。おかゆや味噌汁といったシンプルで胃に優しそうなメニューだ。

「ええと、ちゃんと少し冷ましてるので……」

 やや視線を外しながら言うところや、先程からの落ち着かなそうな挙動といい、どうにも怖がられているような感じだ。先生とのお喋りのときに彼女が淹れたというお茶を飲むことはあったが、面と向かって会話するのは初めてなのだ、彼女にとって俺はただのアヤシイ火傷男だろう。
 だがそのまま退室する風でもないので、ひとまず何口か食べて、「美味しい、ありがとう」と言ってみる。
 そうするとようやく、彼女はちいさく息を吐いて照れたようにはにかんだ。

 なんでも俺のことを知ってしまったのは、いつも約束した時間は守るし遅れるときは連絡するはずの先生がご飯になってもなかなか自宅の方に帰ってこず、先生のおばあちゃんに言われて医院まで様子を見に行ったからなのだそうだ。
 その時俺がバタバタしてて先生も手を焼いてたもんだから抑えるの手伝ったんだってよ。流石に直接ではなく道具を取ったりなんだりといった事だったらしいものの、怪我をさせなくてよかった。魔法もなしに広がる迷惑の輪。それもあったから怖かったんだろうな。

「本当に申し訳ない」
「い、いいえ。だいぶ良くなられたようで、あの、安心しました」
「ありがとう。……いい医者だな、彼は」
「あ。は、はい、そうなんです! 腕も人柄もいいし、患者さんたちから信頼されていて……ケガや病気を隠してもすぐ見破っちゃうんですよ」

 それから俺たちの先生すごすぎワロタみたいな会話を幾つか交わしていくと、徐々に困り眉が緩んでいき、笑顔が増えてくる。笑うと並びのいい歯が見えて可愛い。一応情報としては知っていたが、先生との出会いの話なんかも語ってくれた。俺の場合盲腸なんていつの間にか破裂しそうだな。
 頭がいいけど鼻にかけない、優しくて公平、穏やかで気配り上手、ダメなことははっきりダメだと言う、ときどきちょっぴりうっかりさん、結構おちゃめなところがある、普段からだがいざという時もっと頼りになる――そう語る保本さんはなんとなく甘酸っぱい雰囲気を醸している。頬がほんのりと赤い。

「きみは彼を慕ってるんだな」
「えっと……はい、尊敬してます」

 ううん、あんまり居座ったら馬に蹴られそうだ。

 出された分を平らげた後、保本さんは一度食器を下げに部屋を出て、お茶を淹れて再度やってきてくれ、更にはよければ今度コーヒーも淹れると言ってくれた。良い豆があるんだと。可愛くて優しい女性だ、先生にぴったり。

「悪いな、治ったらすぐに出ていくから」
「いえ、そんな」
「そうしたら俺のことは忘れてくれ」

 保本さんは少しだけ息を詰め、眉を下げへにゃりと笑った。

「……あの、もちろんそう努力しますし、絶対人には言いません。でも――忘れるのって、難しくて、寂しいですよね」

 その言葉ジンに聞かせてあげたいもんである。おそらく今頃キレイサッパリ忘れているだろう俺のことはそのままでいてくれて構わないが。


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