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見張りの当番を終えて拠点に戻ったところ、玄関にはパンプスが一足。リビングに向かえば、ソファに座ってノートパソコンを弄るジョディがいた。 「おかえりなさい、シュウ」 こちらの気配に首を動かして俺の方を見やる、彼女の表情はやわい。 「……誰がいるんだ?」 「私一人よ。ピーターはアルファ、ウィリアムはチャーリーの方。ジェイムズとマイヤー達は病院。会ったでしょ?」 「……」 そうか、と踵を返そうとすると、更に声がかかる。 「どこに行くの?」 「アルファに」 「何か用があって来たんじゃないの」 あるといえばあった。 最近、動かなくなるほどに至る以前に、なんとなくしんどくなって横になりたくなるということが増えた。だからちょっと寝転がろうと思ったのだが、なんだか言える雰囲気じゃない。 「……大したことじゃない」 直後俺の携帯が通知音を鳴らす。見ないの、と言われて確認すると、コナン君からのメールだった。あの子が狙われているかもしれないというのは勘違いだったと。そんな気はしていた。返信は置いといて再度仕舞う。 「誰から?」 「私用だ」 「“知り合い”?」 「……ああ」 「アルファには何しに?」 「……ピーターに聞きたいことがあってな」 「電話したら?」 「見たい資料もある」 「何の?」 「水無怜奈がレポートした爆発事故の――」 「それならこっちにもあるわ」 表情は普段通りだが、やや畳み掛けるような言いぶりとその声色からして、どうにもだめなようだ。 「……オイルが向こうにあるんだ」 「……そう。いってらっしゃい――シュウ」 笑ってそう言われた。やはり彼女の精神衛生上俺は面を見せないほうがいいようである。 ううん、戦犯許すまじというやつか。しかし結構くるものがあるな。 拠点を出て車に乗り、行くのはよそうと思い直して進路を変えた。 なんとなく、鎖骨の内側というか、喉や気管の奥をかきむしりたいような感じがある。雛見沢症候群かな。脈打つようにぶわりと広がっては縮まるのを繰り返す。拍動もなんだか妙で騒がしい。片手で抑えながらハンドルをきった。 予約もなしに行ったが、ちょうど人の少ない時間帯だったようで、すぐに診察室に通された。先生が俺を見て、顔色が悪いと驚いたような顔をした。そんなんいつものことだってバーボンも言ってたよ。あいつ今何してんだろうな。 お喋りしたいところだったが、その前にともかくベッドを貸してくれと頼んだ。すんなり通された部屋の隅、白いシーツに包まれたそこへ潜り込んで、気を失うのはあっという間だった。 ――赤井さん、と控えめな声が意識を引き上げる。 目を開けて声の方を見やれば、申し訳なさそうにする先生の姿があった。珍しい、いつも俺が勝手に出てくるのを待って、起こしたりなんかしないのに。 「そのままにしておけなくて……」 先生の言葉を断ち切るよう電子音が鳴り響く。携帯を開いて画面を見ると五時間も経っていた。不在着信がいくつも入っている。今は部下からだ。 ひとまず断って出れば、自分に用があって拠点に来ると聞いていたのになかなか現れず、彼の見張りの時間が迫っているからどうしようかと判断に困ったのだという。謝罪してそのまま見張りに行ってくれて構わないといい通話を切った。 そうして体を起こすと、いつの間にか道具を揃えた先生が処置をさせてくれ、と言う。 視線を追って胸元を見ればシャツのボタンが二つほど空いていて、肌には知らぬ間についた派手な掻き傷が無数にあり、更にはそこから血が出ていた。指先についているのは自分のものだったらしい。おいおいL5? 「……すみません」 「いいえ。無意識で加減できなかったんでしょうね」 眉尻を下げ微笑んだ彼は、俺が話さなければなにも聞き出そうとはしない。どういう言動を取ろうと仕事に影響しない。そういうところが楽でいい。 当たり前だ、同僚でも部下でもない、ただの医者と患者、ただの知り合いだからだ。 「先生……」 「なんですか?」 「……」 何を言おうとしたんだか。見失ってしまってなんでもないと首を振った。 ――ばかだな、別にいいじゃないか。自業自得だ。願ったりだろう。だって認めてはいけない。信じられない。曝しても仕方ない。意味がない。寄りかかれば一人で倒れるだけだ。 俺がおかしいだけなのだ。 |