33 |
――灰原哀は宮野志保である。 快斗くんは子供にはなれないといった。“彼女”が姿を変えたのはあくまでも成人しか確認できていない。 あの子のちいさな体がどういう仕組みなのかは定かでないが、どうにもそのイコールは殆ど真実に近いような気がする。 めちゃくちゃだ。そうは思う。けれどいくつもの情報がそれを示唆する。 調査結果、研究所と阿笠邸、遺体もない彼女、湧いて出た少女、真っさらな経歴、存在しない両親と血縁、似すぎている顔と言葉、表情、あの声、あの感覚。加えてコナン君の言動や彼女を狙う人間を警戒する素振り。 俺は彼女の、施設で会ったときやあの写真にも写っていた、ぶすくれたような、不安そうな、子供でいることを許されていない、希望を持たないあるいは持ち得ない、そういう陰りのある表情しか知らなかった。 ――小学生として友達に囲まれ、じわりと心を溶かすよう笑う少女。 あれが志保だというなら、きっと今の方がいい。できればこのままでいさせてやりたい。 短く振動した携帯を取り出し、新着メールを開く。 『今日は会ってないけど、博士と一緒にいるよ。様子は相変わらずだって。 あれからそれらしい影はナシ、ラットゥンアップルは件の詳細を仲間に伝えていないか、彼女の独断による行動だった線が濃厚かな。まだこの近辺にいるかもしれないという可能性は拭えないよ』 うーん有能。 コナン君によれば“彼女”は志保については諦めると言ったそうだが、それが嘘でないとは言い切れない上、他の人間に狙われないとも限らない。 あの子を餌にするつもりはなく、かといって俺が四六時中張り付いてるわけにもいかない。下手に監視や護衛をつけていると目印となって逆に嗅ぎつけられる原因になるというのは“彼女”の例を見れば明らかだ。 というわけで大半一緒にいるコナン君に様子見を頼んだところ、こうしてわりとこまめに哀ちゃんレポートをくれていた。 お礼にちょこちょこ問題ない程度の情報をあげているので、お互い意図的に伏せているものは多々あれど、共有している事柄に関しては考察モドキも添付してきたりする。デキるなこの六歳。 しかし、どうもコナン君を必要以上に張り切らせてしまったような感じもする。 あの吹き矢モドキといいサッカーボールといい確かになかなかのセコム性能はあるとは思うが、曲がりなりにも小学生に守れなんて酷なこと言うつもりでも言ったつもりでもなかったんだが。 とりあえず褒めてちょっと何かあったら教えてと頼んで、困ったら君にも手貸すよってだけのことだったはずのに。 言葉選びと言い方を間違えたかもしれない。ニホンゴムズカシイ。エスペラント語で頼めばよかったか。 ……しかもなんだか小学生を丸め込んでストーカーしてるロリコン野郎みたいな気もしないでもない。 違うんだ僕はFBIという名の紳士だよ。 「ジョディさんから、四番も問題なさそうですって」 「そうか」 電話をしていた部下がこれまたビミョーな顔で告げてきた。 拠点のリビング、他に待機で残っていた面子も似たような空気だ。なぜか最近よくそんな顔をされる。 「本当にただの頭痛だったのか……」 「アナウンサーは生活リズムを仕事に振り回されがちですし、ストレスも多いでしょうからね」 ジョディはしばらくして動けるようになるとさっさと退院して仕事を始めてしまった。 できれば完治まで入院していて欲しかったのだが、仕事をしたいと逸らせるような、彼女の獲物を取り逃すアホをやらかした戦犯の俺がそんな無神経極まりない事言ったら激怒不可避だろう。詳しくは知らないが先生にさえガチギレしてたという話だし。 一応通院患者の件は俺がメインでやっていて、ジェイムズにジョディを振れる手のいるところはどこかと聞かれて情報のまとめを提案したものの、彼女は残る調査対象の張り込みをやりたがったらしい。 一応部下を数名サポートと交代に付けて、無理のない程度にやってもらっていた。 「しかし、彼女もシロとなると……」 「――残りはかなり可能性の薄い人間しかいないんだったかね」 「……ええ」 どさりと向かいのソファに座ったのは、先程まで別室で本部と連絡を取っていたジェイムズだ。 ジェイムズは部下が入れたコーヒーを一口飲んで、テーブルに置いていた俺や同僚の作った資料をパラパラと読み、それから俺の顔を見つめてくる。 「赤井君」 その声に普段のおどけた調子がない。上司モードだ。 同席中のタバコは怒られたことないし、膝のノートパソコンでどうでもいいネサフしてんのがダメだった? 「なんでしょうか」 「今開示しておくべき情報はないかね」 「現状それで全てですが」 「因果関係というのは直接的な接触や時系列における前後のみではないだろう」 「……特にありませんね。私から言うことは何も」 「そうか、ならいい」 何のこっちゃよくわからないが、ジェイムズはそれだけで上司モードをゆるい上司モードに切り替え、退院してからジョディ君に会ったかねと聞いてくる。 首を振ったら顔くらい合わせときなさいと怒られた。すんませんそのうちーなんつってネサフを続けていたら、部下が俺にもコーヒーを淹れてくれたので礼を言い、タバコの火を消してそちらを手に取って啜る。 なんだろう、やっぱり捜査は手詰まりなんだろうか。 |