C-11

「では君は、その君のお姉さんの幼馴染――“シンイチ”君を知っているか?」
「え?」

 しらっとした様子で落とされる言葉に心臓が跳ねた。

「“工藤新一”だったかな。高校生の身で探偵だとかいう彼だ。君のお姉さんと随分親しいと耳にしたが」
「えっと……」
「家は君がよく通っている阿笠氏宅の隣だが、会ったことはないか? どうにも君とも親交があるのではという情報も存在する」
「……」
「俺には何も教えてくれないのか。意地悪な子だ」
「…………実は、遠い親戚のお兄ちゃんなんだ」
「ホー、“親戚”……」

 見下ろしてくる視線が痛い。
 FBIが目をつけたベルモットともシェリーとも関係がないはずなのに、一体何のため、どうやってその情報を得たというのか。そしてオレの返答をどう受け取っているのか。
 せめてもう少し思考の読みやすい表情をして欲しい。蘭ぐらい分かりやすけりゃこれまでだって変に慌てたりせずに済んだのによ。

 次は何を聞いて話を逸らすか、と考えかけた矢先、赤井秀一は不意にオレの前に回ってしゃがみこんだ。

「君は賢い」

 くらい緑の瞳で、オレの目をじっと見つめてくる。相変わらず目つきは悪い。

「その頭を利用する術も持ち、あるいは手繰り寄せることができる。少々甘いところはあるが、精神も勇健だ。なによりあの子も君のことを憎からず思っているようだ」
「な、なに?」
「――余裕がある分だけでいい、あの子を気にかけてやってほしい」
「……そんなの、言われなくてもするよ。分かってるでしょ」
「何かあれば俺を使ってくれ」

 そう言ってポケットから取り出したのは携帯だ。赤外線通信の部分をオレに向けてくる。呆気にとられたものの、オレも自分のものを取り出して、データを受け取って登録し、同様に送り返した。
 少なくとも灰原を害したくないという点については確かなようだ。

「ねえ、“哀ちゃん”だけ?」

 ちょっと悪戯めいて言えば、ひと睨みぐらいされるかと思ったが「君はたいてい自分でなんとかしてしまうだろう」と存外あっさり小さな苦笑を返された。

「まあ、子供の身には限界がある。“彼女”のときのようなこともあるだろうしな。別に理由がどうであれ、動ける状態ならば構わないが」
「大事なことは教えてよ。そうじゃなきゃ“気にかけ”られないでしょ」
「……大事なことはな」

 それからおそらくその手でオレの頭を撫でようとして、すっと戻してしまう。
 確か以前蘭にもやった動作だ。思わずとばかりにやるのだから、人に触れたくないというわけではなさそうだが。

「……」

 ――目線をあわせて改めてまじまじと見ると、ただただ畏怖と警戒を齎してくるばかりだったはずの男が、どこかひどく疲れ果てているように感じた。
 もしかすると、ずっとその固い表情の下にあった何かが、瞳の奥から垣間見えたものかもしれない。


 “赤井さん”は立ち上がって灰皿にタバコを擦り付け火を消すと、何か飲むか、と訊いてくる。腹が減っているなら奢ってやるとも。
 時間は昼どきだ。今日は一日出かけるからと言ってる上、蘭も園子と遊びに行くと言っていたから家に帰っても昼飯はない。
 どうせ買うハメになるんだ、タダで食べれて、FBIに探りを入れられるなら一石二鳥だ。

「お腹ぺこぺこ。ごはんが食べたいな」
「いいだろう」

 食事は人の心を解し口を軽くする。可能性は低いが、もしかすると“赤井さん”もお腹いっぱいになれば伏せていた情報をぽろりと漏らすかもしれない、なんつってな。

「ボク、美味しいところ知ってるんだ」

 ポアロっていうんだけど、知ってる?
 首を傾げて見上げれば、“赤井さん”はさも当然という風にうなずき、いいのか俺を連れて行って、と言う。どうせ今更だろ。
 並んで歩く様は、はたからは児童誘拐に見える組み合わせかもしれないな、なんて思ってちょっと笑えた。

 結局収穫は満腹感以外特に得られず、ポアロで解散することとなったのだが。


 “赤井さん”と別れたその足で博士の家に向かい、得た情報を伝えながら整理している最中、灰原がやや焦った表情で部屋から出てくる。

「ねえ、工藤くん……」
「おう、どうした灰原」
「“アレ”を取った? 引き出しを漁ったりしてたじゃない」
「アレって……」
「パスワードを解こうと思ったら見当たらないの」

 ――灰原の姉がデザイン事務所に隠したという、母親からのメッセージが入ったカセットテープと一緒に包まれていた、あのまだ比較的新しいUSBフラッシュメモリか。
 中身を覗こうにもファイルどころかまず本体にパスワードがかかっていて、手に入れたその日に灰原が思いつく単語であれこれアタックしたものの開けずにいたのだ。

 ――それが、なくなっている?


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