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『――ラットゥンアップルは？』 「少女たちと一緒にいただけで、取り立てて何をしたわけでもないな。医院の方にはまた例の人物が来た」 『そう』 携帯から聞こえる声はどこかぶすくれている。 ラットゥンアップルとは、ジョディが名付けた“彼女”の標的名だ。なかなか強烈である。ちょくちょく結構えらいこというよなジョディ。 もしこの先魔女が増えたら、その名を刻むリストは腐ったリンゴ帳とでも呼べばいいのか。エチレンガスほど簡単に魔女化する謎のオーラがあるんなら今頃組織のメンツみんなユーキューホルダーだな。 『そっちはどうかしら』 「問題ない」 『ちゃんと寝てる？』 「まあ」 ここ最近さっぱり顔を見ていないからだろう、さすがに金はあるかとは言わないものの、飯は食ってるかだとか薬は飲んでるかだとか暖かくしてるかだとか案山子並にあれこれ聞いてくる。 彼女はジェイムズ誘拐事件からしばらく拠点にも来ておらず、俺を含め捜査官と接触していない。 こないだ大阪の高校生探偵とやらを引き連れた少年に突撃隣の晩ごはんされた上、お隣で殺人事件が起き、その解決に協力するため酒を飲んで窓から落っこちかけ、ついでに盗撮のフィルムも取られてしまったのである。コナン君からしてみれば怪しさMAXだろうなあ。 確かに写真を撮って欲しいとは言ったが、なにも隠し撮りせずあのファンタスティックなネアカキャラで「一緒に写真とりたいですー♥」とかパシャリとやってくれればよかったのに。 ジョディが頑張って隠したらしいマンションの資料は軒並み引き上げて別の拠点に移したし、あそこは完全に彼女の個人宅と化し捜査官たちも俺も一切行くのをやめたので、まあ今度からは晩御飯でもぶぶ漬けでも振る舞ってやってくれて大いに構わないが。 しかしいくら少年の身内、在籍中の生徒が聞いたからといえ、教師の住所をホイホイ教える学校もどうなんだ。 コンプライアンスやリスクマネジメントの概念がないのだろうか。賄賂に不正、淫行、傷害、最悪殺人と、学校の不祥事に繋がるリスクが高いだろうに。あそこ金持ちや有名人の子が多いんじゃなかったっけ。 そういうガバガバさゆえにジョディもスルッと入れたんだろうが、報告を聞いたときにはジェイムズに彼女の父親の体でモンペ電凸してもらおうかとそこそこ真剣に悩んだ。 うちのジョディさんになにかあったらどうしてくれる。多分相手は病院行きだぞ。ついでにあそこはまあまあ賃料が高いんだぞ。 本当に次々と事件が起こる。日本は平和な国じゃなかったのか。もう捜査官みんなで一回お祓いに行ったほうが良いかもしれない。 『じゃあ、また』 「ああ」 ジョディとの通話を終え、彼女宅から引き上げた荷物の内、俺が預かった写真を取り出して眺める。 そこには仮装姿の少年少女たちが写っていた。ドレスを着た少女は、コナン君の居候先である毛利探偵事務所の娘で、NYで出会った女子高生の毛利蘭。手前で後ろを向いているポニーテールは彼女の友人か。色黒の少年は、コナン君とともにジョディ宅へ隣の晩ごはんした大阪の高校生探偵。 ――問題はその隣だ。 紺の衣装を纏った少年が、どうにも黒羽くんに似ている。顔の造形も、浮かべる表情も。おそらく背格好も似ているのではなかろうか。髪型が少し違うだけだ。 しかし彼の学校は帝丹高校ではなく江古田高校だ。遠くもないがそれなりに離れているし、彼が毛利蘭と親交があるというそぶりは見られず、事実調べた限りでは友人知人関係などにはない。 世の中には似た人間が三人はいるなんて言うが、ちょっと世間が狭い気がする。 ジョディによれば、少年は“シンイチ”と言うのだそうだ。帝丹高校の生徒で、学園祭で起きた殺人事件を推理によって解決に導いたんだとか。高校で殺人事件て。 彼はそれまでずっと学校に来ておらず、学園祭前から当日にかけて数日登校したかと思えば、すぐまた不登校になってしまったのだという。学園祭で演劇をやり推理ショーまがいのこともしたらしいのに、思いの外メンタルが弱い子なんだろうか。それとも俺と同じ厨二病なのか。 そして、“シンイチ”は毛利蘭のボーイフレンドらしい。生徒たちの話によると、二人は幼なじみでずっと一緒にいるんだと。 つまり、あの時“彼女”を引っ張り上げた少年は、この“シンイチ”？ 暗かったし、“彼女”の方ばかりを見ていたので、少年の顔はあまり覚えていない。多分動いてしゃべるところを見れば分かると思うんだが確信は持てない。 もう一枚、以前ジョディに貰った写真も、その隣に並べてみる。 ――コナン君、黒羽くん、“シンイチ”。 見比べ、それぞれの顔を思い出していると、なんだか奇妙な感覚が胸と脳をうずまく。それが何なのか分からなくて、なぜ分からないのかにももやもやとする。喉につっかえるような得体のしれないものがある。やっぱりこの世界はおかしい。でもおかしいのが当たり前だ。…………どうして当たり前なんだ？ |