ブルーグラスを駆る海馬

「シュウ、見て、揃ったわ」

 嬉しそうに笑う彼女の頬は赤く、表情もいつもよりあどけない。酔っているんだろう。
 その手の指し示す先では、鈍い光沢のサラブレッドがうつくしく駆けていた。



 ――ブラントン、というバーボンウイスキーがある。
 一つの樽からのみボトリングするシングルバレルであるため、瓶によってやや異なる味や風味を楽しめる他、ラベルの手書きなど外見にもこだわりを強く感じる酒で、その中でも特徴的なのが、キャップを飾る、馬とそれを駆る騎手の鋳物である。
 ケンタッキーダービーを意識してか象られるサラブレッドの像は、昔はただ手作りで様々な姿を見せていただけであるが、いつからか一部に”BLANTONS”の八種類の字が加えられ、並べると走り始めから終わりまでの姿が見れるという形を取るようになり、それまでもいた、キャップをコレクションする人が増えたのだとか。

 場もたせにキャメルと一緒に行ったバーで教えてもらったうんちくをそのまま語ったところ、ジョディは俺が瓶を捨てようとするのを止め、せっかくだから八種類集めてみようと言い出した。
 俺としては必要なのは中身であって、飲み終えてしまえば瓶も蓋もただのゴミと変わらないし、集めて飾って何になるんだとちょっと理解できなかったんだが、ジョディがえらくわくわくした顔で言うものだから、その日からブラントンの蓋だけは残すようになった。
 彼女は次に飲みに来たとき、どこから調達したのか専用のキャップスタンドを持ってきて、俺の部屋に置いていった。

 俺が普段から飲むとはいってもひと瓶750mlもあるのだから、空けるのにはそれなりに時間が掛かる。それが八本ともなればなおさらだ。
 そのため、それからしばらく、ウイスキーを飲むときはずっとブラントンだった。
 ただ集めたいならまとめて買って蓋だけ取り、あとは捨ててしまえばいいのでは、と言ったらひどく怒られたものである。
 分かってない、情緒がないとプンスカする彼女の、じゃぶじゃぶ飲んでいるあいだの相手をするのも、ボトルネックとグラスをひっつかんだままスヤスヤ眠ったところを運んで寝かせるのもちょっと大変だった。
 彼女は可愛い見た目と反比例してなかなか可愛くない握力をしている。いや、強いのはいいことだ。力あることは正義。


 ジョディは足繁くうちに通い、瓶が一つ空くたびに、嬉しそうにその蓋を綺麗にしてスタンドへ刺していった。
 一度、Nが二種類あるとは知らずにノーマルを二本刺し、たまたまキャメルとの会話でそれを知って、ジョディとふたりでリカーショップを巡り、改めてN2の瓶を買い直したりもした。

 なんだかんだビールやワインなどの他の酒も飲んでいたので、揃うまでには半年ほどかかってしまった。
 そのため、並んだそれらを眺めてみると、ちょっとだけ感慨深い。

「しかし、これをどうするんだ」
「飾っておきましょ」

 ここでいいかしら、と言って彼女がキャップスタンドを置いたのは、全然使っていないワークトップの一角。いやいいけども。

「あれだけやって、飾るだけか……」
「あら、それだけじゃないわ」
「他に何が?」
「これを見るたびに思い出すのよ――シュウのダメなところや、私が割ってしまった皿や、間違えて買ってきた犬用のジャーキー、あんまり美味しくなかった冷凍のピザ」
「普通に食えたが」
「あなたの舌ちょっとバカよね」
「ぐうの音も出ないな」
「ふふ、それから、ピーターが容疑者の右ストレートで意識を飛ばしたこと、ステファンがハニートラップに引っかかりそうになったこと、ケイトが撃たれて見舞いに行ったこと、あなたが迷子の小さな女の子を保護したこと、祝い酒や、逆に捜査がうまく行かなくてヤケ酒したこと、他にもたくさん。なにより――あなたと私が、一緒にいたこと」

 素敵でしょ、と彼女はきれいな唇を緩ませて笑う。
 たしかにそのしなやかな馬たちは、彼らをいつ頃買ったのか、それを誰とどう飲んだかという記憶を蘇らせてくれる。

「……まあ、そういうものとして考えるなら、悪くない」

 ジョディは俺の言葉に破顔した。

 それから椅子に戻ってつなぎに買った酒を煽ると、今度は別のスタンドでやろう、ゴールドもいいんじゃないか、2,3セット分集めてメリーゴーランドのように円形の台座に並べて回すのはどうか、なんて嬉々として喋りだす。

「おいおい……俺はブラントンばかりどれだけ飲めばいいんだ」
「二人で飲めば早いわ」
「ジョディも飽きるだろう」
「いいえ、ちっとも」

 肘をついてニコニコと笑う彼女は愛らしい。
 穏やかな空気の中口内に滑り込ませたアルコールから、ほのかにオーク特有の風味が広がった気がした。


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