たったひとつの言葉を



『それともお前も望んでて、それが売りってわけか。男同士で気色悪ぃ』

もう何度よぎったかもわからない言葉を頭に浮かべて、土方はそっと闇の中へ紫煙を吐き出した。
頭の上に広げた番傘には雨がしとどに打ち付け、その音を聞くともなしにぼんやりと追う。
立ち止まった足元を跳ね返りの雨が濡らすのも気にせずもう何分ここで立っているのだろうか。
路地を二つ程抜ければそこには万事屋がある。
時刻は夜の10時を回ったところで、ただでさえ遅い夜分。
これ以上遅らせては訪問事態に家主が腹をたてるかもしれない。
ただでさえ、自分は好まれていないどころか嫌悪されているというのに。
ああなら、自分がこれからする事は余計な事以外にほかならないのではないだろうか。
嫌われている人間に謝罪の意を表すのは無駄な事ではないのか。
一体なにについてわびを入れる。
相手はそんなことを求めちゃいなくて、もう、二度と、顔も見たくないと思っているかもしれないのに。

「―――…っくそ」

土方は舌を打ってわきでる臆病風を追い払おうとした。
それでも頭の中に残るのはあの日あの瞬間の銀時の目と、去って行く後ろ姿。
どんな死線に身をおこうと身がすくむなんてそんな馬鹿なことなどありゃしなかったのに。
今もまだ、あいつを思い浮かべるとこの足は動くのもままならない。
そんな自分が心底情けなくて、土方は近くの壁を思い切り蹴りつけた。
鈍い音は雨に紛れて消える。

「……………」

ザアザアと落ちる雨が足の先を濡らした。
いつまでも、こうしているわけにはいかない。
たかだかたった一人の男に会いに行く、ただそれだけのことじゃないかと土方は拳を握りしめて目線を上げた。
たった一言『悪かった』そう言って終わりにする。
ものの一分もかからない、たったそれだけの事をするのに一体どれほどの時間をかけるつもりだ。
土方は踏みしめるように万事屋へと一歩を踏み出した。
一歩一歩銀時のいるその場所へ近付くほどに心臓が大きく鳴り出し、煩わしいくらい耳につく。
だがそれよりも、

『男同士で』

「……………」

『気色悪ぃ』

耳につくのは、胸に傷をつけてゆくばかりのその言葉。

「………はっ…」

自嘲的な笑みが土方から自然とこぼれた。
人気のない道を煙草の仄かな明かりが一つ、揺れ動き、それはまっすぐ万事屋の看板の下までたどり着く。
下にあるスナックからは賑やかな声が聞こえる。
どうやら店子と違い繁盛しているらしい。
人影が騒がしく揺れるそこから視線を上へ移すと、静かな部屋から明かりが漏れている。
さすがにまだ眠ってはいないらしい。
明かりが灯っていなければそれを理由に出直すこともできたかもしれないが、その道も絶たれた。
土方は一度静かに瞼を閉じて静かに深呼吸をすると、くわえていた煙草を携帯灰皿へともみ消した。
そして、音もなく静かに外付けの階段をのぼってゆく。
ザアァァァァァ
ふりしきる雨の音が、どこか遠いい。
横殴りのそれのせいで体はほとんど濡れていたが、土方自身それに気づかぬほどに緊張していた。
ここを上りきりあの扉を開ければ、そこに銀時がいるのだ。
銀時が。
全身が強ばり緊張が走る。
生唾をゴクリとのもうとするが、乾いた喉には何も通らなかった。

(はっ、とんだ腰抜けじゃねぇか。しっかりしろや土方十四郎)

そう己に発破をかけて、土方は呼び鈴を押した。高いチャイム音が響いたのが微かに聞こえる。
追って、しばらくしてから人が動く気配。

「…………」

くる。
心臓は今までになく激しく動いた。
ドクン ドクン ドクン
扉を開けて自分を見た瞬間、相手は眉を潜めて煩わしそうにするかもしれない。
嫌悪を、その目に浮かべて見てくるかもしれない。
はっきりその口で迷惑だと、見たくもないとも言われるかもしれない。
ただでさえ抱えていた数ある不安が、途端にぶわりと膨らんだ。
しかし、もう、足音は近くまでせまり、

(―――…っよろずや)

目の前の扉がガラリと開いた。

「あれぇ、土方くんじゃきぃ」

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