// 青年解剖し易く愛知り難し



 物騒な単語が彫られた冷たい指先が背中を滑り、遂に小さな傷跡に気が付いたらしい。
「おい、まさか心臓じゃないだろうな」
 そのまさかだよと言うと、パンイチ上半身裸の男が背中側でシーツを跳ね除け足蹴にして、中見せろと言ってきた。肩胸手脚にトライバルの模様が派手に入ってるけどヤバいやつではない。ウチの船長。
「いつだ」
「小さい時だから覚えてない、心臓悪かったらしー」
 枕を引き寄せるも剥ぎ取られて仰向けに倒される。逃すまいと俺の体を跨いで片膝をつき、胸の正中を右手の中指の腹でなぞりはじめた。触り方が完全に違う。目の色を変わるってこういう事だよなぁ、と視線の合わないキャプテンの瞳を見つめ返した。硬い尻が重たい。なんか着ておけばよかった。解剖し放題だ。折角クルーの目を盗む必要のない、ちょっとだけ良い宿なのに。久しぶりの上陸で朝ゆっくりできないとは。
「執刀医は」
「知らないよ」
「なんでだ」
 思い出せ、と凄まれる。本当に覚えてない。一ヶ月前の朝飯のメニューと同じくらい思い出せない。
「えーと退院する時、港に白い船が、あれ違う、船の上から街を見てたかな」
 あとは大人たちが運が良かったねと何度も言っていたのを覚えている。執刀医などに子供の俺は一切興味がなかったようだ。ただ白いでかい船は覚えてる。船体に赤い字で鏡文字で、なんと書いてあったんだっけ。あと麻酔が切れた時、側に杖をついた白衣の男がいて、意識朦朧としてる俺の額に手を当てて、何か言ったような。
 訥々と話す俺を見下ろしていたキャプテンがゆっくりと背筋を伸ばし唾を飲みこんで、病院船だ、と呟いた。
 グランドラインに浮かぶ伝説、海上病院。院長は自身の心臓手術を自分でやってのけたとか。なお件のドクターは存命であるため伝説というのは厳密に言うと誤りだそうだ。この海の医者たちは、誰もが一度は存在さえ不明確な海上病院へ憧憬するものだそうだ。それが目の前にある。
「動くなよ」
 解剖室と化したベッドルームで開胸され肋骨が開かれる。痛みはないが自分の体内を見たくない。顔をそらして目を瞑った。
 んで、黙るわけね。無言。なんか言えよ。終わったのかなと思って薄目を開けるとまだ全開だったのでまた閉じた。キャプテンはたぶん、俺の心臓を見つめたままだった。
「綺麗だ」
 ぽつり、と感嘆が聞こえたのに次いで、見惚れた、と溢した。
「信じられねェ、これがガキの小せぇ背中からか」
 ゆっくり目蓋を持ち上げて見上げる。ほとんど傷が無いらしい。何度も瞬きをするローの表情はいつもより幼く見えた。俺は人の内臓とか出来れば見たくないけど、そんなに?朝から開胸手術されても、何も言えなくなる。
「寒い」
 そう言ってみるとやっと骨の籠を閉じて、名残惜しそうに俺の胸の真ん中に手を置いた。
「xxx、この心臓絶対止めるな」
「やめろよ」
 考えたこともなかった。そういえば止まることもあるか。縁起でもない。まあでもローがいるのに止まったら、それはもう手の施しようがない事態ってことだ。この艦のドライなクルーは全員、船長から見捨てられない自信持ちだ。
「止まったらコレクションにすんだろ」
「ああ、する」
 投げやり気味に言うと当然と答えた。うへぇ。ベッド脇に落としたはずの上のシャツを手探りで探し当てて持ち上げる。
「ただそれは動いてるから価値がある、おい何着てる」
「んえ」
 裏返ったシャツの裾を探してる手が止まる。あんまりにも堂々と体重かけて人の脚の上座ってるから全然気が付かなかった。太腿に乗る感触は、さっきまでむにゅっとしてて可愛かったはずなのに。
「大興奮だろうが」




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