// 一本足で世界を駆ける



 昨夜一度見たショート動画のサムネイルへもう一度触れる。
『こんばんは』
 携帯端末の縦長の画面に古風なキッチンが映る。
『こないだもらった質問に答えながら半額になっていたメカジキを漬けたり白い粉を塗したり』
 手元だけが写り、低めのとろりとした声が一方的に大幅ショートカットしたレシピを話し続ける。顔も見たことはない。性別をはっきりさせていないので彼とも彼女とも言い切れない。たぶん、男かな。稀に写り込む指はしなやかな丸みがある。多分同年代、だといいな。
『やばい、ねむい、あここでマキシマム』
 レシピの声での説明は途中が飛び、お決まりの万能調味料を豪快に振り掛け濃い味付けにして、壁付されてる背の高いカップボードで寛ぐ食器たちの中から選ばれた皿に丁寧に盛り付けられストロングゼロが隣に鎮座する。インスタにはこのテーブルでの完成写真が投稿される。たまにストゼロのプルタブが上がっていることもある。
『お皿こないだ大江戸骨董市で買った』
 ショート動画の最後でやっと出だしで答えると言っていた質問に一つ答えた。忘れているか、答えないのかと諦めていた。照明でカバー出来ない陰の暗さから撮影は夜中であると推測できる。今日も限界ぽいな。なのに作って食べてる。美学に近い。てか骨董市、俺も行くわ。近いかもな。近いといいな。顔見て、声が聞きたい。欲を言えば横に並んで料理、なんて。携帯端末の画面を消灯すると冷たい光は俺の世界から全て消え、暖かな暗闇に包まれて目を瞑った。

 目を瞑って数時間後にマンションのインターフォンが鳴った。時間を確認しようと触れたら表示された通知一覧で、迷惑な呼び鈴は誰が鳴らしているかわかった。
「何時だと思ってるクソマリモ」
 玄関のドアを開けると目立つ緑色の髪。やはり学生の頃からの腐れ縁のひとりだった。異常なサイズのクーラーボックスを抱えて笑顔で立っている。こいつもデカい魚を釣るだけのチャンネルのくせに盾を貰っている。目的のスポットにたどり着くまでに酷く迷子になる事があるし突然前振りなしに筋トレライブ動画も挟む。それも含めて人気だ。どうしてこの筋肉ダルマがチャーミングとされているのか俺にはわからん。とりあえず世界はクソ広い、って事だ。盾は即紛失したらしい。言っとくけど俺の方が先に貰ったからな。ビジネス不仲とか噂されてるが本当に不仲だ。
「釣れたんだよ今年一のバカデカいガーが、焼いて食おう」
「俺は焚火か?深夜に古代魚を釣るんじゃあねェよ」
 何でも持って来やがって。俺のチャンネルをなんでも食うチャンネルに変える気か。
「野菜も買って来てんだよ」
「あ?んなもんどこに」
 それより録画回してないだろうな、と言いかけてマリモの後ろ、玄関のドアで見えない位置に誰か気配がする事に気が付いた。
「うおっ」
 廊下の角の向こうが見えるように覗き込むと、隠れるように一人立っていた。少し季節に置いていかれてるシルバーグレーのMA-1に太めの黒のボトム。身長は俺と同じくらい。足元には発泡スチロールの魚箱が二個と段ボール箱がひとつ積んである。段ボールは買って来たという野菜かもしれない。買い過ぎで釣り過ぎだ。
 一瞬なんでか女の子に見えて慌てて引っ込んで片手でドアを抑えて髪の毛を何とか。無理だ鏡鏡鏡。時間がない。素材の良さで勝負だ。そこで視覚情報が追いついて来た。服装と手首のごつ目のスマートウォッチ、この時間にマリモと連んでる、男か。片足だけ靴を履いてもう一度エレベーターホールの方へ顔を出す。
「あ、あ、すいませんこんばんは、俺の存在はお気になさらず本当に、変質者じゃないです、本当にすいません」
「い!?」
 俺この声、さっき聞いた。眠る前に何度もだ。
「あ?知り合いか?」
「こっちの台詞だが!?」
 反射的にマリモ野郎に食ってかかって、また振り返る。もう何度見かわからない。長めの黒い前髪が地面に届きそうな勢いで頭を下げた。
「初めまして、うわわ、本物、こんな時分に本当に申し訳ありません、何も見ていませんので」
 顔出ししてる俺のことはもしかしたら知ってくれてるのかもしれない。恐縮しきってる。マリモとの関係は後で問い質そう。
 低めのとろける声。おそらく間違いない。いや、女の子じゃないのはわかっているのに胸がざわつく。なんたってずっと見ていて、既に惹かれている。俺の前に出るつもりはなかったんだろう。泣きだしそうなほど困った表情を隠す眼鏡は、伊達だろうか。
「いや最初コイツに焼いてもらおうと思ったんだけどよ」
「コイツ!?貴様夜中に好き勝手連れ回すとは無礼な」
「何だよ急に、起きてたんだからいいだろ、無理やりじゃねェし」
 起きてた?激務でめちゃくちゃだろうと思っていた一日のスケジュールが本当にめちゃくちゃだ。可哀想に。俺が癒してあげたい。ゴリラは放っておく。
「あの、xxxちゃんですよね、限界社畜キッチンの、ストゼロ」
 あっやべ、ファンの呼称で呼んじまった。
「ヴァッ!?さ、サンジくん、見てんの……ごめん、女の子じゃ、なくて」
「あっあー全然平気!大丈夫!あのさやっぱ俺のことも」
 薄らと隈のある目元をすこし赤くして、口両手の指先で元を隠すようにした。即座に否定したから女の子じゃなくてもいけるみたいな言い回しになったけど、xxxくんは素直に受け取った顔っぽくて助かった。顔見て名前わかるってことは俺の動画も見てる?ほぼ確定の反応だけどその口から聞きたかった。
「おいクソコック、ルフィ来る前に焼けよ魚、朝メシ」
「うるせェそれどころじゃねんだクソマリモキューピッドが!」




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