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組み直したら出てしまったエラー箇所を金曜の夜から繋ぎ直し、次いでにと微調整していると空が白みはじめていた。
目も頭も冴えて気分が乗っていたのもあるけれど、夢中になりすぎた俺をいつも止めてくれるはずのパソコンのボディを開いて調整していたんだから仕方ない。計画の完成はもう間近だ。
畳に横倒しにした2体のパソコンに接続したかたつむり型のノートパソコンから試験運転モードを解除すると、2体は同時に瞼を持ち上げて先にサボが上体を起こす。エースはいつも通りの大きな伸びのアクション付きだ。

「エースとのリンクどうだ?直ったか?」
「ああ」
「あ!サボまだコード!」
「ん?ああすまん」
「ハハハ、ほら帽子」

サボが片膝を立ててさっさと立ち上がろうとするのでノートパソコンがひっくり返った。最終調整用の接続コードと電源供給コードを抜いてやってるとエースが帽子を渡してる。

「エースもおかしいとこないよな」

本体は箱型の筐体で、それから離れて動ける作りのサボに合わせて、エースも同じ仕組みに組み直したのだ。結果外見上全く変わりは無いまま、重量がかなり軽くなった。代わりに俺の部屋に筐体ふたつが増え、それを置いた押入れのベニヤの床が見事に凹んだ事はまぁまだ大家さんには言わなくて良いだろう。あ、睡魔来た睡魔。

「おう!」

エースが太陽の陽射しみたいな笑顔で笑って返事をする。眠くなってきた俺までつられて笑顔になる。俺の作ったプログラム完璧だ。
赤い炎と青い炎の火炎放射器とロケットパンチをそれぞれ搭載すれば、もう言う事は何も無い!


「なぁエース、ルフィ寝ながら笑ってるぞ」
「おっ、こりゃまたロケットパンチ実装の夢見てやがるな」



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眠たい曇り空の土曜日、朝からシンクの前に立って意味なく手を洗ってそこで固まる。

「無理」
「自分でそこまで積んだんだろ」

ソファからこっち向いてなさそうなドフラミンゴさんの声がする。そうだけどさ。無性にやりたくない時があるんだよね。何も食べたくないというか、口に入れるのが面倒っていうか、それを言ったら課題に根詰めすぎだってカガに言われたけど本当にそうなんだろうか。自分のことなのにわからないなぁ。ヒトって不可解な生き物だ。俺台所には15分しか立てないけど今日は15秒しかダメな気分だ。
大きく息を吸って吐き出してもう一度蛇口の栓をひねる。台所のシンクに積み重ねられた大凡5日分の量の皿たちに水が溜まっていく。たまに洗って使って戻していたので5日分より多いかもしれない。

「ドフラミンゴさんが手伝ってくれたら助かるのになぁ」
「濡れんの嫌いなんだよ」
「嘘だぁ、お風呂はいってきた!」
「フッフッフ!俺ぁxxxが嫌なことと自分が嫌なことはしねェ」

ばさと紙の束を纏める音がする。
取るつもりのない新聞が1週間試し読みとかって最近ポストに放り込まれてるのを、俺じゃなくてドフラミンゴさんが端から端まで読んでる。こんなに短く区切った縦書きで読み辛いのが面白いって最初の日の1面を見ながら言ってた。そう言われればそうかもしれない。ドフラミンゴさんは何でも知っているようでいて、時折何にも知らないような反応をすることがある。こんなに格好良いのにちょっとだけ可愛い。
たぶん今の音は今日の分のその灰色の紙の束が立てた音だろう。

スポンジで無駄に泡を製造して最初に手近なマグを掴んだ時にドフラミンゴさんが後ろに来た。きゅ、とマグの縁が泡まみれのスポンジに挟まれて鳴く。応援しに来てくれたのか背の高い頭の影が俺の肩に落ちる。

「む」

俺の腹のそばをふたつの腕が通り過ぎてするりと俺の腰に巻き付く。どうやら応援じゃなく邪魔をしに来たらしい。俺の肩にしばらくおでこを乗せたあと首筋にサングラスのつるが少しあたった。アナログ時計の針くらいの速度で這って躙り寄る罪な手の先が脇腹にかかってる。背面全体に人の温度が接してる。

「今くすぐったら危ないですからね」

鍋の下になってたステンレス製の包丁を鳴かせながら後ろに張り付いたお邪魔虫に声をかける。

「そりゃ怖ェな」

そう言いながら何を求めているのか俺の腰を抱き直した。

「う、ちょっ、と動かないでドフラミンゴさん」
「フッフッフ!」


わざとだ!

「こらっ!」

反撃行動に出るべく手の泡を流水で洗い落とす。
布巾が近くにないからそのまま手を拭かずに、身体を反転させて濡れるのが嫌だと宣う完全防水の体を持つパソコンの頬を両手で挟む。まいったか。冷たいだろう。少し上にある表情に反省の色はない。そんなものが浮かんだことは今までもこれからも一度もないけれど。水の雫が手首を伝う。腰に回された不審な挙動を繰り返す腕がもう少し絞られる。ますます引き上がる口の端。おしりにシンクの淵が当たって退路無しを警告してる。


「お?」

キスされそうになったのがわかったので咄嗟に濡れたままの親指で止めた。変な声出ちゃった。

「そ、ういうことは、すきなひとどうしがすることだよ、たぶん」

鼻筋の通った永遠に肌荒れ知らずの顔が近い。

「じゃあ俺だろ、xxx」

薄い唇の上を水を纏った親指が左右に迷う。
どこ見てたらいいのかわからない。水分に光る俺の親指の爪、それになぞられる柔らかい唇、紫のサングラスの奥、視線も路頭に迷う。

便利じゃなくても。従順じゃなくても。人間じゃなくても。


「俺だけだろ」


答えられない。
よくわからないよ。




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