// 10011



国立国会図書館の一般へは未開放である5階の一部屋にあるシステム制御室が騒がしくなる。

全職員が帰宅する時刻から始まった外部からの不正アクセスに、エンジニアは全員とんぼ返りだ。窓のない部屋に次々と髭の伸び始めた顔が家が近い順に戻って来る。国の防衛システムが突破され、国家データバンクへの侵攻が食い止められないのだ。何が流出しても自体は深刻だ。

「弾かれました!」
「ダメです反応しません!」

あちこちのパソコンからエラー音が鳴り響く。目が赤く点滅しているパソコンは深刻な異常状態を訴えているものだが、少しずつ増えている。
防衛システムのパソコン3体を擦り抜けた何者かは、こちらからの排除信号を物ともせず自らも堅牢な壁を構築しながらデータバンク内へ侵入している。

「…お、音声入力を、求めています」

遂にパスワード入力まで辿り着いたエンジニアが、部屋の端から思考が今にも止まりそうな声でこちらに手を上げて報告した。何を音声入力だと聞けば、源氏物語だと答えたその声にはやはり覇気などあるわけもなく、一瞬この部屋が逃げ出したいという思いでいっぱいになった。システム制御室のパソコンには喋る機能を外してしまったものが殆どだ。ウイルス感染とデータ流出を防ぐため制御室へは個人のパソコンを持ち込むことは許されない。
人間が、ましてや現代人がこの国の代表古典文学源氏物語を一字一句間違えずに読み上げられるものか。

「喋れるパソコンは!」
「オペレーションに、あ!あと貸出カウンターに数台、恐らくどちらも固定されています」
「コッチはソテラクスの弁明?ですね」

別方向から回り込んだらしい別の若いエンジニアは、隣に無表情に座るパソコンのブルーの瞳を苦々しげに見てチェアの背凭れに大きく凭れた。

「"ソクラテスの弁明"だ馬鹿野郎!オペレーションルームのを引っこ抜いてこい!」



赤い目のパソコン達がガクンと一斉に頭を垂れた。

「あ!?パ、パスワード解除されました!」


「ファイヤーウォール再構築開始、GPS復活します!データバンク現在地確認、防衛システムオールダウン、遠隔で再起動、帰還させます、……」
「データバンクより、機密データ書き換えなど無し、無事だとの回答です、こちらも帰還させます」

帰る目処はとそれぞれが見上げたアナログな時計の針は、重なって0時を指していた。


//


天気がよくって、朝ごはんも卵かけ納豆ご飯が美味しくって、今日は余裕があるから駅から大学までを歩いて行くことにした。
ドフラミンゴさんが長いコンパスでゆったりとついてくる。先週買ったきれいなシルエットのテーパードの白いパンツを穿いてるけど、俺の白いデニムと似ててお揃いみたいになるから同じ日には穿かないようにしてる。だって足の長さが違いすぎる。背が違うとかって問題じゃない。並ばないで!

90度の角を曲がると、5分くらい走っていけばなんとか大学の正門あたりで追いつけそうな微妙な距離に、見知った歩き方が歩いているのが見えた。隣に並ぶ女の子のポニーテールが歩くのに合わせてふわふわと空気を含んで揺れる。車道側をカガが歩いてる。
パソコンは高価だし、況してやニルちゃんは女の子の体だから歩道側を歩かせてるのは自然に思えた。


少し歩く速度を落として、後ろからドフラミンゴさんの車道側に俺が出る。ドフラミンゴさんが俺の動きを目で追って変な顔してたけど、これでよし。俺が車道側だ。

「わっ」

後ろから片腕で首を抱くように捕まえられた。

背が違うから腰の高さが違うだけじゃない。割合が違うんだよ、パソコンはモデルみたいな身体の比率なんだ。自然界の理想的な黄金比で設計されているドフラミンゴさんの腕が外されないまま、もう一方の手が俺の顎を撫ぜる。右の外耳に唇が触れた。


「イイコにしてな」


ドフラミンゴさんはどちらかと言えばどう見ても夏男だから、入道雲と空と海とか、焼けるような夏の陽射しの下が似合う。大人しくしてれば、夜の土砂降りだって似合ってしまうけれど。
宵闇に隠れたくなるような疚しい事なんか何一つ無くて、全てを照らしてしまう太陽にも臆さない。嘘や見栄は必要ない、パソコンだから。


大人しく歩道側を歩き出さない俺を、ドフラミンゴさんが振り返る。


「この前の、してっていったらしてくれるの」

「それは確認か?答えならイエスだ」
「し、て、ほしい」
「いいぜ」

手汗なんかかかない理想的な大きな手が俺の手を掴んで、今歩いてきた道をあっさり引き返そうとする。

「わ!今じゃない!今じゃない!」



//


「サー、もう6時よ、昨日は久しぶりに頑張りすぎたのかしら、まだカーテンは開けないほうがいい?」

「そう、3:24に麦わら君からメッセージ、読むわね、"わに〜〜〜今日ありがとうな試運転付き合ってくれて!!!やっぱ本物の中見れると違うな!!めっちゃ興奮した!!んでさんでさ!エースとサボがデータん中から一個画像拾ってきたんだけど、これさぁ、ミンゴじゃね?"ですって、ハイこれ、見てあげて?」

「ふふ、本当に今日は駄目みたいね、サー、20分後にまた来るわ、起きていてね」




/ 10011 /


↓OS DD (version 23.0x3ff.2)

↓dfmf



- ナノ -