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0時近く、ドフラミンゴとxxxが家に来た。
xxxがハンドルネーム"麦わら"、つまり俺と間違えられて攫われそうになったらしい。

俺が掲示板でDDシリーズの起動の仕方とか聞いてたからか、俺が所有してると勘違いして横取りしようと目論んだとんでもない奴がいる。当のxxxは掲示板?ハンドル?と今の自分の状況より先にパソコン用語の意味がわかってない。


「貸せ」

無表情なミンゴの目的はxxxの安全と大型ディスプレイだ。自分じゃ互換性が無いからかエースも一部中継して手際よく4種程ケーブル繋いでく。

「あとで直してやる」

そう言うが早いか、エースの目がアクセス中になって、冷蔵庫のコンプレッサーがぶっ壊れたみたいなモーター音が低く響いた。ガリガリと筆圧高く万年筆で書き付けるような音もする。初めて聞いた。俺の声に全く反応しない。2台が接続されたディスプレイの全画面が真っ黒な背景に切り替わり、蛍光のピンクの文字でホームページアドレスが長い桁数の数字と交互の行で次々表示されて、候補から消してるのか入力より少し遅いタイミングで次々と消える。もしかしてエースの、つまり俺の過去のアクセス履歴。画面いっぱいの数字がコンマ数秒で次々と点滅してる。全部?こっから、見つける気かよ。
エースのCPU使用率が200%近くを叩き出して内部温度は自動クロックダウン寸前の70℃を超えている。

「おい!」


デスクに片手付いて画面を睨む男の肩を揺らすと同時に、ドット付き十進表記のIPアドレスひとつと、俺たちが出入りしている大型掲示板のアドレス、その下に1人の見覚えのある固定ハンドルのRSSが一気に表示された。


「JOE」

ドフラミンゴがやっとこっちを向いた。

「本名がシロヤマだから、ハンドルネーム"JOE"、確か」



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「何かするの」

俺の提供した情報を最後に接続を切り、無反応なエースをそのままに玄関からまた出ていこうとする。その背中へxxxが心配をできるだけ隠して聞いた質問に、ドフラミンゴは答えなかった。

「xxx、此処から離れんなよ」





パソコンは人間と違って優先順位がはっきりしてる。
ミンゴの最優先事項はxxx。エースの最優先は俺。人間と違って、選べない選択ってのがない。例えばパソコンは主人が車に轢かれそうになれば飛び出して主人を命の危険から守るように全力で努める。これは人間がパソコンを、人間に都合のいいように作ったから基本搭載の機能だ。
人型パソコンの創始者と同じ名を名乗るアイツにもそれがあるのだろうか。二度と手に入らない大事なもんに傷をつけられてマジにキレてるだけみたいに見えたけど。

「もしxxxが今度こそ攫われたらミンゴは1人になっちゃうだろ」

だから原因潰しとかないとな、と俺にしては上手に説明できたと思う言葉にxxxはほんの少しだけ納得した顔をした。


「喧嘩はだめですからねー!」

窓から大声で叫ぶxxxの声に、大きなリーチで飛び出してって暗闇に溶けもう姿の見えないミンゴが一度足を止めた気がした。



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「なんだよこの身体能力」

部屋のディスプレイで粗い映像を数回見直す。物凄いノイズで音声は全然拾えてないし、強い電磁波に高画質のはずの画面が砂浜みたいにざらついたりコマ送りになったりして、そして全部の映像が同じ所で一斉に途切れる。チャフまで搭載してんのかと疑う。
目的のDDシリーズが上から降ってきて、それから一瞬で軽くないパソコン2台を蹴り飛ばして損傷させたのを、6台とも追えずフレームアウトばかりで捉えていた。どんな身体能力だ。鳥類みたいに片脚で立つ瞬間で一時停止して確認すると向こうは傷ついてないからボディも何かしら特殊かもしれない。おまけにどんな手を使ったのか同時に6台を機能停止させた。
ああ、知りたい。欲しい。これは、純粋な知識欲だ。


一旦6台を遠隔で復旧させようと作業に入るが一向に埒が明かない。30分前から現在地すら捕まえられなくなったのは異常だ。何がGPSを妨げてるっていうんだ。最悪パソコン6台が明日の朝に拾得物として届けられるのでも構わない。でも何か、おかしい。遠隔でも俺の命令が届くはずだし、6台とも一週間は給電無しで動けるタイプで電池切れはありえない。第一、人のパソコンの電源を強制的に切断なんて出来るわけがないんだ。
それとも、例のパソコンが"何か"した?何ができるから伝説?

大きな切断音と共に自宅が停電した。

「私が発電しましょうか」
「いや、復旧を待とう」

ディスプレイも沈黙し、デスクの横に立つメインマシンだけが機能している。
深夜に停電、何か関連があるか?授業中だけつける眼鏡を外して、外がチカチカと明るい気がしたので窓に近づく。停電はウチだけかも、と濃い色のカーテンと白のレースカーテンを一緒に左右に開くと、窓に火花が吹きつけられていた。

出火元を探して見上げるとさっきまでうちに繋がっていたであろう電線に、パソコンが1台腕を絡ませて焼け焦げていた。家の前の通りの電線に点々と、風に巻き上げられたビニール袋みたいに人影が垂れ下がっている。その数は数十分前に反応が途絶えた6台と同じ数だ。自分の心臓の音が聞こえてきた。停電はやはりうちだけだし、365日風雪に耐える電線はパソコンの重みくらいじゃ切れない。しかしパソコンの力ならば素手で千切れる。アイツが何らかの方法で?"操った"?まさか、不可能だ。もしや近くに来ている?人の形を感電させる惨い光景が目に浮かんで毛穴から冷たい汗が出る。
しかしそうだまだ邂逅から数十分だ。早過ぎる。1時間経ってない。何分で住所まで特定したんだ?俺まで特定したのか?いるわけがない。ゆっくりと視線を前に動かす。



「よう」

柔らかなコートのシルエットが夜風に翻る。目が合っている。

火花の向こう、道を挟んだ向かいの電柱の天辺に器用にしゃがむ、兵器の双眸が紫に光っていた。




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↓OS DD (version 23.0x3ff.2)

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