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今日は少し早くバイトが終わった。夕方からいつもよりお客様が少なくて、掃除もサクサク終わった。レジスターに接続されたお店のパソコンにお疲れ様でしたと声をかけて裏口から出て行く。ドフラミンゴさんのバイト先は2つ隣の、いつも乗り換えで使う大きな駅だ。商店街まで歩けば時間的にちょうど会うかもしれない。

違和感に気付いたのは、シャッターの降りた商店街のアーケードが見えた辺りを歩いてた時。

人がいない。


視界に入る数人は全員パソコンだ。商店街の管理する昼間は軽快なオルゴールを鳴らす、道の脇の街路灯はこんなに暗かったっだろうか。思い出せないまま歩くのを止めてしまうと、無機物たちも一斉に立ち止まって、呼吸をしない不自然な自然な速度でこっちを見た。不気味な映画のワンシーンみたい。

「え」


此方を向いたそれぞれの目が少しずつずれたタイミングで水色に変わっていく。夜間発着訓練のヘリコプターに照らされる屋上に立つ気分だ。最後の一台まで全員が同じ色の瞳で俺を照らした。
なんだろう。見いだせない理由に不安が溢れるこの状況は。何かが起きる。


触れたのは、ささくれ一つないパソコンの指だった。
後ろから少し冷たい手に抑えられて、掌が口を塞いでる。振り解こうとも腕が動かない。他の手に腕に掴まれてる。複数台いる。瞳孔のないぼんやりと光る水色の目が怖い。なんで。俺なんかした。なにをされる。声が出ない。
ドフラミンゴさんも凄い力があるんだ知ってる。この前腕相撲した。腕のリーチが違いすぎて、ローテーブルの上の物いっぱい落としてからやっと組んだ。その時リモコンも一緒に落としたから後で探した。1ミリも動かなくって顔真っ赤になったけど、ワザと負ける方ギリギリに倒して停止させていつもどおり笑われた。俺のことも簡単に持ち上げる。ソファ持ってくれた時は感動して掃除に目覚めるかと思った。人間がパソコンに、勝てるわけない。



20メートル近いアーケードの上から重量のある何かが降ってきて、地面が震えて響いた。

それと俺との間に、人型がふたつ遮るように立つ。
間から見慣れたコートの裾が遅れて降りてくるのが見えた。



「俺のご主人様に、怪我させてねぇだろうな」


空母の滑走路で、今にも地面に愛想つかしそうな鉄の燕ファルクラムみたいに空気を巻き上げる。まるでエンジンだ。キィンという高い音が空気を劈く。

「xxxを狙ったのは限りなく正解に近い、花丸をやる」

静電気が目に見えるくらい円状に火花を散らしてその破裂音がここまで聞こえる。人工的な高周波音がどんどん大きくなる中で、低い声は掻き消されずに届く。今にも飛び掛かりそうな戦闘態勢に一切無駄な動きをしない彼らは一歩も引かない。ああ、よくない笑顔だ。


「本体への挨拶が抜けてるがな」


前の1台が吹き飛んだ。完璧に設計された踵が思い切り頚椎を刈っていった結果だ。


「次にスクラップにされてェのは?」

視線を俺の腕を後ろで固定してる1台へ狙いを定めて、利き足の逆で立ってる。吹き飛んだ1台はコンクリートのタイルの上へ肩から着地しても止まらず、街路灯と交互に置かれてる道路と歩道の境の街路樹で止まった。ドフラミンゴさんに感情があるなら、自らの爪で全身引き千切ってしまいそうなくらい我慢の効かない、嚇怒だ。

ダメなんだ。ボクシングとか、例えスポーツでも人同士が争うのを見るのははっきり言って苦手だ。殴ったら殴った手が殴られた頬が、蹴れば蹴った脚が蹴られた背が、痛いからだ。誰もがその身で知っているのに、パソコンには痛覚がない。圧力や温度を感知したり出来る体を持っていて、それを"痛い"とは感じない。
俺が一番最後に人に手を上げたのなんて幼稚園で、人を後ろ回し蹴りでぶっ飛ばすなんて以ての外だ。合気道は精神と呼吸の道だ。相手を傷つけずに制する護身武術としても名高い。今パソコン相手に手も足も出なかったけれど。

「ドフラミンゴさん!だめ!」


押さえられた掌の僅かな隙間から叫ぶけれど、エンジン全開の超音速機は急には止まらない。顔の真横を膝が通過して腕が自由になる。さっきとは違う、平均体温に保たれた手に掴まれて乱暴に背の後ろに庇われた。あくまで彼らと敵対する姿勢を崩さない。聞こえなかったのか、それか、無視してる!
後ろからコートにタックルして、またすっ飛んでかないように腰をしっかり掴む。やっと嘘笑いが静かに仕舞われて、ゆっくり唇を結ぶと少し腕を上げて脇腹にしがみつく俺のことを真っ直ぐ見た。不可解だとそう言ってる。

「誰も怪我しないのが、いちばんいい」


いつもどおり立ってるから鉄の塊を蹴飛ばした脚は、傷ひとつ無いのかもしれない。あってもドフラミンゴさんは、痛がらない。ドフラミンゴさんは何も答えない。
離さないし逸らさないでサングラスを見つめると、一斉に6台から切断音がして全員崩れ落ちた。何がどうなってる。さっきから畳み掛けるような異様な光景と、突然光を失って真っ暗な瞳1つと目が合ったのに左腕に鳥肌が立った。高めのウエストを掴んだ腕に改めて力が入る。側で鳴っていた高周波音がそこから段々スピードを落としていく。

「俺が壊れたら困るのか」

街路樹脇で沈黙する1台は肩が部品として外れているように見えた。顎に膝貰った2台めは道路にうつ伏せに沈んでるけど歯が心配だ。
もしもドフラミンゴさんが怪我したら、俺は直せないだろう。

「困る、とは違うと思う、わかんない、けど寂しいよ」
「難解だな」


「でもまぁ、少しわかったぜ」

そう言うとドフラミンゴさんは俺のこと抱える勢いで手を引いて、一直線に駅のホームまで歩いた。静かなホームで隣から円盤が回って風を切るような音がまだ微かに聞こえて、ドフラミンゴさんが頭のなかで何かをしてるのに気付いた。けれど、教えてくれなかった。
そのまま会話もほとんどなしに電車から降りると俺のアパートじゃなく、日当たりが悪いし夜は街灯が少ないルフィのアパートへ足早に歩いて行った。心配だった。だってまるで人が怒ってるのを隠してるみたいな歩き方だったんだ。



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「くそ、映像途切れた」




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