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大きなディスプレイに繋いでのエースの整備中に、画面端の映像通信の小窓に映るそっぽ向いた男に話しかける。相手も何か作業中だから別に気にしない。耳は暇なんだろう、割と作業中はかければ応答してくれる。

「なぁワニそれでさ、ちょっと気になってる事あんだけどさぁ」

GACのOSアップデートのデータがバグだらけで掲示板が阿鼻叫喚になってるっていう、よくある話題のあとに先日から引っかかってた事が思い出された。真っ先に聞こうと思ってたのに手を動かしながらだとつい難しい事柄は隅っこへ放り出してしまう。各部の点検が終わったエースを再起動すると閉じていた瞼を一定のスピードで上げて、それから人間が眠りから覚めたみたいに大きく欠伸と背伸びしてみせた。うん、ばっちりいつものエースだ。

"そうか、じゃあな"
「あ!」

画面の向こうの男がフレームの細い眼鏡を外して置いたと思ったら、俺の話の相槌として通信を一方的に切断してきた。画面を振り返った時には枠の中は黒くなっていて既に相手の状態はオフライン表示だ。

「切断されたな」

エースが耳の後ろを掻きながら屈託なく笑う。あの男のこのドライさは慣れっこだ。確かに今時間を忘れていたが、まさかと画面隅に常時表示されているデジタル時計を急いで確認する。0:00:23。営業終了時間だ。

「しまった0時か〜〜!!くっそここからが話したいことなのに!」


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ドフラミンゴさんが自分の手で電車の切符の券売機の金額ボタンを押したら、すごい枚数の切符が印刷されて延々と出てきた以外はスムーズな通学だった。
俺の頭の上に顎を置いてたドフラミンゴさんも予想してなかったらしく、呆気にとられた様子でボタン押した姿勢のまま固まってた。何故だかすごい勢いで飛び出してくる切符達が俺のお腹に飛んできて吹き出してしまった。信じられないそのコントばりの光景に駅員さんも驚いていた。切符は用紙が無くなるまで出続けてやっと止まり、俺たちはその内の2枚だけもらった。
パソコンが押しちゃいけなかったのだろうか。ドフラミンゴさんが会話の端々にさっきの券売機を思い起こさせるフレーズを織り込んで来るせいで、電車の中ですっかり笑い疲れてしまった。腹筋が痙攣してる。
大学正門を抜けるとスーパーに一緒に行った時みたいに、また俺の方が緊張してるけどドフラミンゴさんはちょっと辺りを見回すくらいで落ち着いて見えた。

まだ構内に人が疎らなのは講義中のためだろう。それでも背が高いせいで結構目立ってるなぁ。スーパーで予行演習してきてよかった。2限が始まるまで時間があるのでどこかで座ってよ。ガラスの扉を押して開くと、まだ寝起きの学生たちの欠伸が充満しているカフェテリアの中に、知ってる背中が見えた。

「カガ!」

「おーxxx、って、そいつ」
「うん連れてきた!こちらドフラミンゴさんです!」

カガは俺の健康状態を気にして野菜くれたりするめっちゃいいヤツだ。一浪したから一個上で、落ち着いた雰囲気だ。女の子にモテそうなのにモテないらしい。優しい感じのイケメンだと思うんだけど彼女がいるとは聞いたことがない。煙草吸ってるせいかな。わからない。カガの隣には優しく微笑む綺麗な女の子が座っているけど、彼女はパソコン。名前はニルちゃん。最近完璧に人間に見紛うような作りの子がちらほらいるけど、顎から喉にかけてラインが入っていて彼女はまだ見てパソコンだってわかりやすいほう。

「背ェ高いなーxxxのパソコン、どこの?あ、そうだ大学公式の通知ソフトやるよ」
「わーいいの!?ありがとう!」

ほらね。モテないはずが無い。
なんかみんな休講情報とかよく知ってるなと思ってたんだけど、どうやらパソコンに何かを入れると教えてくれるようになるらしくて、パソコンのない俺は教室まで来てから休講を知るからずっと羨ましかった。それをカガは覚えてたんだろう。いいヤツ。

「コード出せる?」

後ろでポケットに手を入れたまま微動だにせず俺たちのやり取りを聞いていた上背のある男に、カガがニルちゃんの耳の後ろから一本コードを引き出しながら聞いた。ドフラミンゴさんは答えない。でもゆっくりとした動作で右手が腰から同じ色の端子があるコードを引いて出した。
椅子から立ち上がって側に来てくれたニルちゃんに、よろしくお願いします、と小さく会釈されてドフラミンゴさんはよくドギマギしないな。だって可愛い。揺れるポニーテールも良い。パソコンだからときめいたりしないのか。でも緊張してるのかな、あの口は、嘘笑いだ。気づくと急に不安になった。

「え、え、壊れない?カガ待って」
「お?全OS対応だから大丈夫だよ」

すぐだから待ってな、と俺に掌を見せる。やっぱりカガは優しいお兄さんみたいだ。確か下に2人弟がいるんだった気がする。

「フフフ、接続しないことをオススメする」

いつもより低めの笑い声付きで、ふたつの端子を持ったカガに上からやっと声がした。

「ん?きみOSは?」
「言えねェな」
「あはは、何だそれ秘密かよ、よし、ニル頼む」

端子同士を接続されてパソコン2台がコードで繋がる。カガの声を合図にニルちゃんのガラス細工の大きな美しい瞳が、水色に変わった。通信しているようだ。しかしすぐに止まる。

「相手がいません」

「んなわけあるか、エラーかな?ニル、原因探ってもっかい送ってみてくれるか?」

本当にすぐ終わったのかと思ったけど違うらしい。頷いたニルちゃんの目が再び水色になる。ドフラミンゴさんの顎が微かに引かれる。

「相手、が、」

キュゥンと小さく音をさせると瞳の色が1度真っ白に光り、消えた。次の瞬間重力に従って関節が畳まれ、ニルちゃんが貧血起こしたみたいに崩れ落ちた。

「わーっ!ニル!!嘘だろ!」

カガが肩を抱いて抱きとめたけど間に合わず地面に殆ど付いていた。普通の女の子よりとんでもなく重いらしい。メモリ増設したばっかなのに、と声がかなり焦ってる。
巻き取るようなリール音をさせて外したコードをしまって、何食わぬ顔でドフラミンゴさんが俺の頭の天辺あたりの跳ねた毛をもたもたといじりだした。

「非対応みたいだなァ」

「ちょ、なにを悠長な!おれ医者、じゃない、ルフィ探してくる!」
「麦わらァ?アイツならそのへんにいる」

そう言って顔を向けるのでその先を追うと、丁度カフェテリアの入り口から1限が早く終わったのだろうルフィが入ってきたところだった。助かった!ニルちゃんの命が!
走って行って連れてきたルフィは、でんでん虫型のノートパソコンと一緒に白目むいたニルちゃんの顔を覗き込んでダメだこりゃと溜息をついた。

「カガこの野郎怒ったぞ!ミンゴはちょっと特殊なんだよ、xxxが許可出しても気軽に接続とかすんなよな!もっと気合入れてけ!!あとメモリももっとドーンと増設しろ!!」
「気合の問題!?」
「良い心掛けだ、フッフッフ!」

状況がわからない俺でもドフラミンゴさんでもなく、ルフィはカガを指差して叱りだした。ドフラミンゴさんはルフィとは何時の間にか友達になったのかもしれない。ルフィには、嘘笑いじゃない感じがする。




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