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なんておかしな光景だろう。左右の腕を捕まれ引っ張られていというのは、まるで小学生の物の取り合いで。
「その腕はなせや・・・!」
右側を金造くんが。
「そちらこそ離すべきでしょう☆」
左側にメフィストが。
それぞれ私の左右の手を引っ張りあいをしている彼らを見て、柔造くんは固まっている。
って、そんな状況判断をしている場合ではなかった。
この状況を何とかしなければならない。といっても、私は両側からあらん限りの力で引っ張りあいっこされて身動きが取れないのだけど。
「手ぇ離したら、お前が連れてくやろ!」
「もちろん、こんなことになっては後が面倒ですから。」
私を挟んでの口論は収まることを知らない。胡散臭そうなメフィストも、熱血な金造君も、どちらも私のためを思ってくれているのは分かるけど・・・はあ。
「逃げる気か。」
「逃げる?・・・ふむ、確かにそうなるでしょう。しかし人生逃げも必要。時には逃げねばならないこともあります。」
「今は逃げたらアカン時やいうとんのや!」
「二人共私の手を離してくれないかな。」
「どうしてです?逃げてはいけないというのはあなたが決めたことだ。私には関係ありません。」
「ちょ、だから離してって。」
「こんな形で勝手に連れてったら、どうやって疑いはらせていうんや。」
二人共まるで私の話を聞かない。聞こえてるはずなのに、無視?
本人の意思が一番大事でしょう、そう言ってやりたいけれども二人が聞く耳を持たないの意味がない。ああもう最終手段に出るしかないかなと意識を炎を発することに集中させようとしたその時だった。
「いい加減にしいや。」
井戸のそこから聞こえてきたような声だった。ずずず、と何かが這いずり出てきそうなくらいの冷え冷えとした怒りが空気と声帯を震わせる原動力のように思えた。
その声の持ち主は今まで固まっていた柔造くんだ。
「まずなまえはどこにも連れてったらあかん。こいつが俺らの脅威になるかどうか、俺が判断せなあかんのや。」
と、柔造くんは言う。
「ふん、」
それをメフィストが鼻で笑って。
「脅威?何を言っているのです。彼女は人間ではなく悪魔の脅威だ。」
「せやけど、防犯カメラに映っていたなまえの行動は無視できん。」
「する必要がありません。あなたは彼女が悪魔を焼き祓うところだって見ていたはずです。
手を組むかもしれないのであれば何故同族を殺す必要があるというのですか?」
メフィストの巧みな話術に柔造くんが詰まる。彼の中の針の穴のような心の隙間に付け入り、悪魔の囁きが、心を揺らがす。
彼が言葉詰まったのを見てメフィストはほくそ笑む。
「彼女は脅威ではありません。それでもここに彼女をとどめ続けますか。」
「・・・・」
「ふむ、では彼女を連れて帰ります。
あ、それと所長にもきちんと事情は説明しておくので☆」
メフィストはパチンと指を鳴らすと、金造くんの後ろからなにやら鳩のおもちゃのようなものが出てきた。それは金造くんの首根っこを掴んで持ち上げる。
「おお、う、わ!?」
掴まれていた手がするりと離れる。じたばたする金造くんをよそにメフィストは私の手を引いて牢屋から出て、立ち尽くす柔造くんの前を通りすぎ、外へと出た。
振り返ったら金造くんと目が合う。
「さよならだね。」
そう言って笑顔を見せた私とは対照的に、金造くんは悲しい顔をしてじっと私を見つめた。
「いくんか。」
「このままここにいても何も変わらないでしょう?」
「・・・もう、会えんのか?」
「会いにきてくれないの?」
「・・・・」
笑顔でいう私に金造君は不貞腐れたようにそっぽを向いた。それから、
「・・・しゃあないから、俺から会いにいったるわ。」
と、ぼそぼそという。
「ありがとう。」
それから手を振って、私はドアをくぐった。
ドアの向こうは正十字学園(なあ、柔兄。)
(なんや。)
(今度、一緒に東京いこうや。)
(・・・・)
(ちゃんと、なまえと仲直りしたがええで。)
(・・・・せやな。)