15
目が覚めたら、見えたのは虎屋の木目の天井ではなく、コンクリートの天井だった。
体を起こすと、重たい鎖の音がして。
私は両手と両足を拘束されていた。
「なに、これ・・・・」
どうして私はこんなところで、こんな物に拘束されているのだろう。
周りを見渡すと、目の前には鉄格子があり、両側はコンクリートで固められた壁がある。ここは牢獄というのは一目瞭然だ。
たしか私は、任務していたはずだ。なのにどうして今はこんなところに。
思い出してみるが、私がここに入る理由は思い当たらない。
銀行強盗を起こした悪魔が私を呼べと指示し、私は任務へと向かった。
そして一人で銀行内へと入っていって、悪魔と対峙して。
そしたら、悪魔が急に私を姫だと言い出したんだ。
『我々の目的は、サタンを倒すことです。』
そしてその悪魔は、自分たちの野望を口にした。
『サタンを倒す・・・?』
私は目を開いて聞き返す。サタンは人間にとって脅威であり倒さなければならない存在ということは分かる。だが悪魔にとってサタンは虚無界(ゲヘナ)の王だ。そんな王を倒す必要などあるはずがないのに。
『そうです。我々はサタンを倒し虚無界に新しく君臨する。そして虚無界をさらに強固なものにするのです。』
悪魔は恍惚とした表情で語った。
倒してくれるというのなら、それはそれで大助かりというものだが、こんなやつらが虚無界をより強固なものとできるはずがない。悪魔どもに協力などまずできるはずがないのだ。悪魔というのは自分の欲を最優先とする生き物で、自分の利益にならないことなど一切しないようなやつらだ。人の真っ黒に染まった部分だけを寄せ集めたような奴等が集団でトップに立てるはずがない。
『私はそんなことに協力しない。』
とにかく私は悪魔に協力などするわけがなかった。いくらサタンの力を持っているからといって私はこの世界の住人だ。この世界を危険にさらす気なんてさらさらない。
悪魔は私の返答を聞くなり、信じられない、という表情になる。
『この物質界(アッシャー)に味方するというのですか!?』
『ええ、そうよ。』
当然だという気持ちを込めて悪魔を見つめる。悪魔とどうして協力しなくちゃいけないんだ。
『なぜ?あなたは忌々しき人間どもに酷い仕打ちを受けてきたはずです。それなのにどうしてです。』
悪魔の言うことはもっともだ。私は彼らに酷い仕打ちを受けてきた。・・・・でも。
『そんなの、決まってるじゃない。』
私は悪魔を見下ろす。悪魔は一瞬だけ体を硬直させた。
『私が人間に酷い仕打ちを受けたのも、こんな力を手に入れてしまったのも、全部悪魔のせい。
私は悪魔が一番、憎い。』
そう口に出した瞬間、私の脳裏に幼い日の地獄のような日々が駆け巡った。
食事は一日にたった一回。それもパンと一杯の水だけだった。
毎日毎日、空腹で仕方なかった。食べ物がほしくてほしくてたまらなかった。
私を見下ろす大人たちは、私にはパンと水しかくれないくせにそれ以上のものを私に要求した。
炎を操れ、悪魔を殺せ。
私を道具としてしか見てないような大人のいうことなんて聞きたくなかった。だけどいうことを聞かないと食べ物がもらえない。
――悪魔はすべてだ。
――すべて殺すんだ。
――殺せ。
私は大人たちの言葉に従った。悪魔は、殺さなくちゃ、いけないんだ。
――悪魔のせいでお前はここにいるのだ
そうか、悪魔のせいなんだ。私がこんな仕打ちを受けているのも、全部、全部。
悪魔がわるいんだ。
悪魔が・・・悪魔が・・・・
――殺せ。
殺さなくちゃ・・・殺さなくちゃ・・・
『――全部・・・悪魔のせいなのよ。』
そう、悪魔のせい・・・
『だから、悪魔は・・・殺さなくちゃ。』
そこから、私の記憶は途切れていた。