Short | ナノ


01

14番目の影を見なくなって、どれくらいたっただろう。

逃亡生活の末、14番目のメモリーを取り除くことに成功した僕は、教団へと帰って、千年伯爵の世界終焉のシナリオを阻止するべく戦っている。
最初は14番目のメモリーはもうないと伝えても信じてはもらえなかったけれど、今では任務に行かせてもらえるほど信用を得るまでに至っている。

僕のホームへの帰還を、一番喜んでくれたのはリナリーだろう。

「私、この大通り好きだな。いつも、活気があるもの。」

「うん。僕もそう思うよ。」

町の大通りの真ん中を僕らは歩く。14番目のメモリーのない僕はもちろん方舟を動かすことなんかはもうできなくて、僕らが本部へ行くための唯一の手段は船となった。船着き場へと行くために、僕らは町の大通りを通らねばならない。毎日のように大通りには露店が出ていて、僕はこの活気が大好きである。

「少しお店見て回る?」

リナリーが少し店を見て回りたそうにしていたので、僕は提案してみた。リナリーは少し考えて首を振った。

「そうしたいんだけど、ホームに帰る前に、行こうと思ってるところがあるの。」

その時、リナリーのゴーレムに連絡が入った。コムイさんからだ。

『リナリィ〜〜〜!!お兄ちゃんだよ〜〜!』

僕らは顔を見合わせて、苦笑した。

「どうしたの兄さん?」

『ごめんねリナリぃ、』

猫なで声で、コムイさんはリナリーに任務があるといった。一時間後に出発だという。

『で、アレン君と一緒にいると思うんだけど、』

コムイさんは声音を変えて、今度は僕に話しかけた。

『コーヒー豆を買ってきてほしいんだ。』

「コーヒー豆?」

『僕はコーヒーがないとダメなんだよおぉ。』

ゴーレムまで泣き出しそうな声で、コムイさんが嘆く。

「それなら私が買いに行こうと思ってるわ兄さん。」

『リナリーは一時間後に任務だから休んでほしい。』

コムイさんのリナリーへの猫なで声は、今度は少し哀愁のある声に変わる。僕は知ってる。リナリーはコムイさんのこういう声に弱い。

「わかったわ。じゃあ、アレン君お願いするね。」

『はやく帰ってきてねリナリー!』

ゴーレムの通信が切れると、リナリーは、僕にコーヒー豆の店の住所と名前、それからコーヒー豆の種類を口頭で伝えた。

「次に道路が見えたら、そこを左に行けば、いけるから。」

町の大通りの途中には何回か車が通る道路がある。大通りはほとんど車の立ち入りが禁止されているからだ。僕はよくそこから右へ曲がる。お菓子などとてもおいしい店がそちら側に多いからだ。あまり左の方へは行ったことなかった。まあ、きっと大丈夫だろう、と予想する。店の住所も名前もきちんと覚えたのだから。

「それじゃあ、よろしくねアレン君。」

リナリーは、本当はコーヒー豆を自分で買いに行きたかったのだろう。名残惜しそうに僕と別れた。
僕は一本の大通りを左へ抜けて、覚えた住所を頼りに、コーヒー豆屋を探し始めた。








陰と陽がある、町の左側というのはそんな雰囲気がした。日がよく当たる道路の右側は歩く人誰もが溌剌としていて、幸せが詰まっている感じだ。でも僕が歩いている道路の左側は、日が当たらないせいもあるが薄暗く、少し殺伐さを感じた。
殺伐さに緊張しながら、コーヒー豆屋を探す。僕の道の先から男三人組が来るのが見えた。がらが悪そうで、僕はもちろん目すら合わせず、彼らを避けてすれ違おうとした。

しかし、相手は問題が欲しかったらしい。
一番端の男がわざと僕にぶつかった。

「ってーな、てめえ、」

そっちからぶつかったんでしょうと言ってやりたかったが、喧嘩はごめんだったので、

「すいません。」

軽く謝ってすぐ通り抜けようとした。

「待てよ。」

真ん中の男が僕の腕を取って引き止める。
あー、なんで僕なんだ!僕は心の中で叫ぶ。

「いい服着てんなあんた。」

男が顎で僕の団服をさす。僕は思い出した。教団の作った団服は装飾などとても高価なのだ。こいつらは金銭的価値のあるものに興味を示したのである。

「ぶつかった詫びに、その服置いてけよ。」

さすがにそこまではできない、と思った。というか、絶対にしたくない。僕は黒の教団のエクソシストだ。その証である団服をどうして自ら手放さなければならないのか。

「すいませんが、できません。」

自分の声は思ったよりも堅かった。

「へえ、なら、」

男が僕の顔に向けてこぶしを振るう。僕は左手で受け止める。思わず力が入るのは仕方がない。
男は僕がこぶしを受け止めるとは思わなくて驚いていた。貧弱顔でも実際は強いんですよ僕。

「くっそ、このっ、」

両サイドの男が殴り掛かる。僕は真ん中の男の拳を離して避けた。いつもAKUMAを相手に戦っているのだから、人間相手はとても簡単だ。力の加減を間違えないようにしないといけないけど。

それから交互に男たちは僕に殴り掛かってきた。僕は避け続けたけれど、このままではらちが明かない、と思って一発軽く男のみぞおちを殴った。真ん中にいた男のみぞおち。

「ぐっ。」

真ん中の男はちょっとよろめいて、僕は半死したくなければどこか行ってくださいとかそんなかっこいいことを言うはずだった。

「・・・あれ?」

どうやら実際は強く打ちすぎたみたいで、男はそのまま倒れてしまった。

「兄貴!・・・てめぇ!」

君らから仕掛けてきたんだよ、自業自得だよ、というのはもちろん通用しない。仕方がない。僕は悪くない。

仲間(しかも兄貴)を倒されて怒り心頭の彼らはさらに暴力的になって僕に襲い掛かる。僕はもう嫌になって、逃げることにした。

「待ちやがれ!」

男の一人が僕を追いかけ、一人は倒れた仲間のもとに残った。僕は後ろから追いかけてくる人間の常套句を聞きながら、まずは反対側の道へと移った。そっちの道の方がなんだか安全そうだったからだ。男はもちろん僕を追い続ける。僕は彼を巻こうとくねくねと角を曲がり続けた。でも男は意外と足が速くて、僕が角を曲がり後もう一度角を曲がろうとする前に僕の姿を捕らえてしまう。何とか姿をくらませられないかと僕は走り続けた。

僕がもう一度角を曲がったとき、黒く裾の広がったドレスを来て、日傘をさした女性が歩いているのが見えた。彼女のドレスの幅は僕が隠れられそうなほど広い。

「きゃっ、」

女性を怖がらせるようなことはしたくはなかったけれど、僕は彼女に素早く追いついて、彼女のドレスの幅を利用してそこにしゃがみ込んだ(僕は決して彼女のドレスの中に隠れたわけじゃない。彼女のドレスの幅を利用しただけ)。彼女は小さく悲鳴を上げたけれど、僕が終われていると察して静かにしていてくれた。

「ありがとうございます。あと、僕の失礼を、」

僕は男が去るのを見届けてから、立ち上がり、彼女にお礼を言いながら立ち上がった。しかし僕は途中で、驚きに声を奪われた。

「お許し、ください。」

何とか驚きから声を奪いかえして僕は言葉を終わらせた。

「びっくりしましたけど、大丈夫ですよ。」

そこには、あの人がいた。神田が愛するあの人が。

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