Short | ナノ


02

一度冷静になると、彼女はあの人ではないということはすぐにわかった。
彼女は黒のドレスを着ているけれど、団服ではないし、髪の色は同じ金髪でも高い位置で一つにまとめておらず、黒いカチューシャをしている。そもそもあの人は何年も前に亡くなってアルマの魂となり、彼と一緒にダークマターに魂を呑まれてしまったのだ。この世にいるはずがない。

彼女は、あの人じゃない。

「大丈夫ですか?」

驚きのせいで僕の様子がおかしかったのか、それとも先ほどまで追いかけられていたのを心配してか、彼女の質問の意図が僕にはわからなかったけれど、後者だと思って僕は頷く。

「ええ、僕はなんとも。」

「よかった。」

タンポポに息を吹きかけるような声は、僕の緊張を緩ませる。彼女の柔らかさに引き込まれて、僕はもっと話をしたくなった。

「何かお礼できればいいんですけど。僕に何かできることはありますか?」

その時僕のお腹が鳴った。僕と彼女は同時に視線を下げ、僕のお腹に目をむける。
僕は恥ずかしくて自分の顔が赤くなった。きっとさっきまで走ったのと緊張がゆるんだせいだ。

「ふふ、じゃあ、一緒に食事してくださりますか?」

なんて優しい人なんだろうと思った。






目の前に並べられたたくさんの料理はどれもこれも、盛り付け見た目匂い、全てにおいて僕をさらに空腹にさせ、口の中に唾液をたまらせた。

「じゃあ、いっただっきまーす。」

テーブルを埋め尽くし、さらに僕の両隣のカートの上にも並べられた食事に僕はかぶりついた。向かいの彼女の目の前に一皿だけある食事が彼女の頼んだ料理だった。

「私は、なまえです。あなたは?」

「僕は、アレンです。」

料理に夢中になりすぎて自己紹介すら忘れていた。僕は自己反省をしつつ、それでもなお空腹には抗えず料理にかぶりつく。

「まるで、アレンさんのお腹は魔法みたいですね。」

ゆっくりと小さな一口を食べてから、彼女は僕の食べっぷりを評価した。

「いつも、こんな感じなんです。でもたまに、食べれないときはティムが・・・」

僕はそこで、もうティムキャンピーがいないことを思い出す。今までいつも一緒にいたティム。いなくなってしばらく経った今も、まだ失ったことに慣れない僕がいる。虚空にご飯を差し出したり、録画を気にしたり。

「ティム、さん?」

なまえさんが首を傾げた。僕は慌ててあんまり気にしないでくださいと返した。

「ずっと一緒にいた、ペット、の名前で。僕の食事を分けることがあったんです。」

厳密に言うと違うけど、簡単な説明はそれしかなかった。ティムは師匠から譲り受けたゴーレムだ。でもゴーレムは普通、食事などしないし、壊れても再生しない。

「亡くなってしまったんですか?」

「ええ、数か月くらい前に。」

「・・・お気の毒です。」

なまえさんの同情的な声は、僕が感じていた喪失感を少し埋めた気がした。
僕らの間に少しだけ追悼の時間が流れた。ティムに思いをはせる僕と、そんな僕を見つめた後、少しの間だけ目をつむり黙祷してくれたなまえさん。慈悲深い彼女に僕は有難うございますと言った。

「失うということはとても辛いことですから、少しでも、誰かの悲しみを一緒に背負いたいんです。」

まるでイノセンスのような人だと思った。憐れなAKUMAを救済するイノセンスは、AKUMAを壊すという荒々しい外見とは裏腹に、AKUMAに内蔵された魂の悲しみを、優しく包み込むのである。僕は、そんなAKUMAの姿をアジア支部にいるときに見た。

彼女の無垢な精神に感心した一方で、僕と同い年くらいでそのように慈悲深いのにはきっとわけがあるとも僕は推測していた。

「なまえさんも、誰かを失われたんですか?」

僕の質問は的を射ていたようで、彼女は一度思案顔になってから頷いた。

「両親です。」

「お二人とも・・・?」

なまえさんはもう一度頷く。

「私の父は、イギリス出身で、母はフランス出身でした。事故です。」

「お気の毒です。」

「あんまりお気になさらないでください。今は、悲しいことばかりに目を向けずに両親との楽しいことを思い返せるんです。アレンさんを見ていると少し父を思い出して、嬉しいんです。」

「僕ですか?」

「ええ。アレンさんの紳士な態度、父を思い出します。イギリスのご出身ですか?」

「はい。」

「やっぱり。」

彼女に褒められて、僕は少し照れた。綺麗な女性が花が綻ぶような笑顔を向け僕のことを褒めるのだ。照れないわけがない。

そのとき僕の横を黒のスーツを来た男の人が通った。彼はトイレへと向かうためのようだ。彼は僕の方へ冷たい視線を向ける。一体、何なのだろう。

訝しみながら僕は料理にフォークを突き刺して、牛肉を頬張った。柔らかくてとてもおいしい。

次に同じ男の人を見たとき、僕はまた冷たい視線を向けられた。気になって、彼の視線を追うと、彼が座ったテーブルの方で、ひそひそとあまり明るそうな話ではなさそうに男の人と女の人が話している。僕をちらちらと見るので、きっと何か僕に問題があるのだと思うけれど、思い当たる節がない。

今度はパスタにフォークを突き刺し、お皿を持ってパスタをすすった。そのとき僕は、自分に視線が集まっていることに気がついた。パスタをすすりながらさりげなく目線を外へ向けると、周りの人全員、不快そうな顔をしている。

僕はこのときようやく気がついた。全員、僕の作法が悪いことに気分を害していると。
よく見れば彼らの服装は正装で、しかも上質そうな生地で作られていた。きっと、彼らは裕福なのだろう。僕はなまえさんの服装を改めて見る。彼女の黒いドレスはシンプルではあるけれど、やはり上質な生地をしていた。

「あの、よくここにはいらっしゃるんですか。」

僕は聞かずにはいられなかった。

「ええ。私、このレストラン好きなんです。雰囲気も、お料理もよくて。」

僕は目の前に並んだ料理をもう一度見る。ジェリーさんと同じくらいおいしい料理。どれも高そうだということに今気が付く。彼女はこの料理を払う余裕があるほど、裕福なのだ。

「でも一人で来るのは寂しいでしょう?だから、アレンさんがいてくれて良かった。」

彼女は心の底からそう思っているようだった。高級なレストランで、作法も知らずにがつがつと食べていた僕を目の当たりにしているにも関わらず。

彼女がただおっとりしすぎているだけか、とても寛容なのか。どちらでもいいと思った。彼女の笑顔と言葉は、ただただ優しかったから。

こんなにも女性としての魅力を兼ね備えている人が、あの人と同じ容姿だというのが、僕にはとても悲しく思えた。教団の近くに住んでいる彼女は、きっといつか神田と出会う。今日の僕のように。何が起こってしまうのか、僕は不安だ。

神田がなまえさんと出会ったらどうなってしまうのか、僕は想像してみた。少し恐ろしい方向へ想像は進んでいく。神田があの人の代わりとして、同じ容姿だけれど別人のなまえさんを愛してしまうという想像。表面上は幸せそうでも、神田もなまえさんもお互いにうちに悲しさを秘めることになるのだ。なまえさんを通してあの人を見る神田は、本当の幸せは手に入れられず、本当の自分を見てもらえないなまえさんは、孤独を感じるしかない。僕はアルマのことも心配だった。アルマは神田に、ずっとあの人のことを思っていてほしいはずだったから。
そんなことになったら、なまえさんは傷つき、アルマの思いが踏みにじられてしまう。どうしたらいいのか、いや、何もするべきではないのか。僕には、何かをする資格などあるのだろうか。そもそも、この想像は極端であったあろうか。



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