01
あの人の亡霊が俺を迎えに来たのかと思った。自分の命の残量が、もうそれほどないと知っていたから、今俺は死んでいるのだ、と。
どうせ死ぬならアルマと同じように泥に沈みたいと願ったが、体が持ち上げられるような感覚がしたことで、信じていない天国へと連れて行かれているのだろうと、虚ろな脳で考えていた。
実際は、違ったというのがオチだ。
全てのエクソシスト、及びファインダーが任務帰りに必ず通らねばならない、町の通りがある。そこを通らねば教団へは到着できない、大きな通りだ。煩わしいほどにまとわりつく喧騒は、毎日のように開く露店のせいで、俺はそこを通ることが嫌いだった。
その大通りから外れて、細い路地を通り抜け、町の外に出ると、そこには、ひっそりと屋敷が佇んでいる。適度よく整えられた庭や周囲のくすんだ深緑色の芝生に、くすんだ白色の壁の屋敷。二階建てでは小さすぎるし一階建てでは少し高すぎる、そのくらいの背の屋敷だ。屋根の色は灰色味のあるうすい緑。全体的に質素に作られたために、屋敷の色はくすんでいたが、屋敷の外見はどこも小綺麗だった。
屋敷は芝生の色のくすみをとったような色の柵に囲まれていて、巧妙に庭が見え隠れするような隙間がある。
俺はその隙間を一度軽く覗き、誰もいないことを確認して、屋敷の門をくぐった。
「また来おったなエクソシスト!」
「なにっ、」
ばさりと竹箒で頭を叩かれ、はじけたように門から飛びのいた。
「そろそろ来るころだと思ってたわな!」
そこには初老のばば・・・もとい屋敷に仕えるばあやがいた。
「帰らんかい、ほら、ほら、」
竹箒で俺の足元を掃くばあや。
「誰が帰るか。」
竹箒を踏みつける俺。
「ふぐ、ふんぅぐぅぅぅううう!!!」
竹箒を抜き取ろうとするばあや。
「はっ、」
鼻で笑うとばあやはぎろりと俺をにらんだ。
「とにかく、お嬢様に仕えるこのばあや、髪の毛一本たりともお前をこの屋敷に入れん!」
竹箒を諦め、ばあやは両手を開き門をガードする。気づけ、門には扉がある。言ってやらねぇぞ。
「時間の問題だっての。」
俺は勝ち誇ったように言った。俺には、屋敷の中に絶対的な味方がいるのだ。
「神田さん!」
屋敷の玄関を開け、ばばあ・・・ではなくばあやのようなしわがれ声ではない、少しの深みと若々しさのある声が聞こえた。
「ごめんなさい、待たせてしまって。どうぞ。」
金色の豊かな長髪に黒いカチューシャと黒のドレスをきた、女。なまえである。彼女は、見るたびに美しく、見るたびに俺の記憶を塗り替える。
「ですがお嬢様!いけませんよこんなオカルト集団のエクソシストを!」
「そんな、神田さんは、ばあやがいう程悪くないよ。だって一度も私を、そのオカルト集団に勧誘したことなんてないんだし、ね?」
「ですが、こんな、」
「もう、そろそろばあやも神田さんと仲良くなって。神田さん、とりあえず中に入ってください。」
なまえは門まで来て、ばあやの広げたままの腕の下から手を差し出す。俺はその手を取り、引っ張ってもらう。さすがのばあやもなまえに意見はするものの断固反対をすることはできず、今日も俺を屋敷へと入れるのだ。
なまえは俺の手をゆるりとひいて、屋敷の奥へと俺を導く。俺たちがいつも向かうのは、屋根裏部屋。屋敷の一番奥にある梯子を使って、俺たちは屋根裏部屋へと入る。
屋根裏部屋へ着くとすぐになまえはカーテンを開け、太陽光を取り入れた。窓の外を眺めて、くすぐったそうに笑いながら振り返りなまえは言う。
「私、神田さんと会ってから、屋根裏部屋がもっと好きになりました。ここだと、ばあやが邪魔できませんから。」
彼女の後ろからさす光の柔らかさと彼女の笑顔が、俺の記憶と交差する。今まで神やら仏教やらを信じてはこなかったが、輪廻転生だけは、なまえを見ると信じざるを得ない。
なまえの笑顔に、俺は口元の一ミリの微笑で返した。
「首筋、泥が付いてるぞ。」
「えっ。」
そのときなまえの首筋に泥のようなものが見えて俺は指摘した。なまえはぱっ、と手で首筋を覆う。
「ごめんなさい、汚れたところを見せてしまって。全て取ったと思っていたんですけど。」
「何かしていたのか?」
「ちょっと。」
なまえは近くにあった鏡へ向かい、ハンカチで首筋の泥をぬぐった。
「気にしないでください。」
なまえはそう言うが、俺はこれはいい機会だと思った。
「何か助けが必要なら、言え。借りはまだたっぷり残ってる。」
「借りだなんて、本当に気にしなくていいですよ。・・・でも、お言葉に甘えていいですか?」
なまえはそう言って俺を窓際の方へ手招きをする。
「実は、今池を作っているんです。」
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