01
十歳も離れた中学生の弟を迎えに来た道場にはいつものように熱気が立ち込めている。
道場生たちは私なんて目にもとめずにただ目の前のことに真剣に取り組んでいた。
ここは、異世界のようだと私はいつも感じていた。
一歩踏み入れば熱気が立ち込めていて道場生たちの真剣さが空気に伝わって緊迫した雰囲気が漂っている。
この異世界だと感じる空間を訪れるのが私は好きだった。
練習が終わってもまだなお道場の中には熱気が残っていた。
道場生たちは面を取り疲れと、すっきりしたような表情で帰り支度を始めていた。
ただ、私が迎えに来た弟を除いて。
弟は、先生に手ほどきを受けていた。
真剣に成長期でまだ伸びきっていない背で下から先生を見つめて目を輝かせ先生となにやらしゃべっている。
先生も仏頂面だが真剣に弟に教えてくれていた。
なんだかほほえましい。
私はその光景を見ながら思わず口元を緩めていた。
しばらくして弟が礼儀正しくありがとうございましたと言ってお辞儀をして一度私のところに駆け寄った。
「姉ちゃん、ごめんちょっと待ってて。」
「うん。分かった。」
弟は私を待たせたことを悪いと思っているようだ。
小さく微笑んで帰り支度を始めた。
私はその間に先生のほうに歩みを進めた。
「神田先生、弟に教えてくださってありがとうございます。」
「・・・・真剣な生徒たちに教えるのは当然です。」
相変わらず人付き合いが上手ではないらしい。
笑みを浮かべて返そうとしたようだがぎこちなく頬の筋肉がかすかに動いただけだった。
私は思わず笑ってしまった。
神田先生は、私が笑ってしまったことにむっと表情を曇らせた。
「どうして笑ったのですか、」とでも言いたげに。
「すいません、やっぱり人付き合いが苦手なのかなぁって思っちゃって。」
「・・・・人付き合いは・・・苦手、です。」
「やっぱり。先生、敬語も苦手ですよね。それと愛想笑いも。」
「よく分かりますね。」
「小学校のころだったかな、先生とおんなじ性格の女の子がいたんですよ。
すっごく美人で、だけどいつも仏頂面で先生に敬語を使わないし、あんまり笑わないから印象的で。」
「・・・・・・・・・」
「その子、すぐ転校して言っちゃったんですけどね。」
「そうですか。」
「先生と私、同い年だから敬語外しませんか?
先生がぶっきらぼうなしゃべり方でも私は別に気にしませんよ。」
「・・・・次からそうします。」
「同い年同士、仲良くしましょうね。」
「はい。」
そのときちょうど弟が帰り支度を済ませてやってきた。
「姉ちゃん、お待たせ。」
「よし。じゃ、行こっか。」
「ああ、うん。」
ありがとうございましたと先生にお辞儀して私は弟を乗せて家へ帰った。
弟の剣道の先生
(そういえば、ユウちゃんって苗字なんだっけ?)
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