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03-2

「これからお帰りになられるんですか?」

食事の後に尋ねられて、僕はコーヒー豆のことを思い出した。買ってきてくれといわれたのに、買っていないどころか油を売っていた(でも最高の時間だった)。

「いえ、コーヒー豆を買うよう頼まれているので、そちらに。」

「それでしたら、私とてもいいコーヒー豆のお店知っていますよ、」

彼女はそう言って、僕に店の名前を伝えた。それはまさに、僕が探していたお店だった。

「あの、よかったら案内していただけませんか?」

「もちろんです。誰かとお買い物って、楽しいですから。」

彼女はこちらです、と続けて歩き出した。僕は彼女について歩く。

「でも、そのコーヒー豆屋さん、よく知ってらっしゃいましたね。」

「あまり有名ではないんですか?」

「ええ。店主の方がひっそりと経営なさっているから。コーヒー好きの方が口づてで噂を広めているみたいですけど、それでもコーヒー好きの方くらいしか知らないと思います。」

「そうだったんですね。僕、お使いを頼まれただけだったので知りませんでした。」

僕はリナリーが教団の皆を大切に思っていることを再確認した。わざわざ彼らのために、いろんなコーヒー豆屋さんを廻ったはずだ。そうして、なまえさんもいいと評価するコーヒー豆屋さんを見つけたのだろう。

「頼まれた方は、とてもコーヒーがお好きなんですね。」

「ええ、中毒じゃないかってくらい。」

僕はコムイさんを思い出す。コーヒーがないと仕事がやってられないと嘆いている姿が目に浮かんだ。きっとコムイさんは知らないんだろう、リナリーがどれほどコーヒー一つに思いを込めているか。知ったら泣き出して、仕事が手につかなくなってしまいそうだ。できるなら、教えてあげたい。

僕の表情を見てか、なまえさんは嬉しそうな笑みを浮かべている。

「なまえさんも、コーヒー好きなんですか?」

「父が、無類のコーヒー好きでした。たまに連れていってもらったりして。コーヒーの匂いって、とても落ち着くから。でも私には苦くて、飲めません。」

「僕も、苦いものより、甘いものが好きですね。」

「同じです。」

僕らの会話は、のんびり、そしてお菓子のように甘やかだった。食事後の満腹状態であることも加勢して、僕は本当に幸せな気分になった。





「さて、そろそろ本当にお礼をさせてください。」

コーヒー豆をきちんと買うことまで、またなまえさんにお世話になった。先ほどまでなまえさんにしてもらってばかりで、結局お礼らしいお礼ができていなかったので、僕はもう一度お礼を申し出た。

「あんまり気になさらないでください。何かさせていただけることがお礼です。」

「それじゃあ僕の気がすまないんです。やっぱり、きちんとお礼がしたくて。」

「そうですか?それじゃあ、私、町のこちら側はよく知っているんですけど、他は全然知らないんです。案内してくださいますか?」

出会って間もないはずなんだけど、彼女のお願いに、彼女らしいなと思った。

「それでいいんですか?」

「ええ。」

「じゃあ、行きましょうか。おいしいお菓子屋さんへ案内します。」









僕がいつもいく、おいしいお菓子屋さんが立ち並ぶ通りへ向かう予定だった。だから一旦町の大通りまで僕は戻ろうとしたのだ。それくらい、簡単だと思った。

「あの、アレンさん、私たちはどこに向かっているんでしょう。」

方向音痴だということを先ほどまで浮かれていた僕はすっかり忘れていた。

「なまえさん・・・その、すいません、僕方向音痴でした。」

「まあ、そうだったんですね。」

僕らは、薄暗い通りを歩いていた。僕が男三人に絡まれてしまった通りのような、そんな雰囲気の場所だ。

「ここがどこだとか、わかりますか?」

「いえ・・・まず、元来た道をもどりましょうか。そこからなら、私は道がわかりますから。」

「本当にすいません・・・・」

「いいえ、道に迷うのも、いい思い出になります。」

なまえさんは、考え方がとてもポジティブである。彼女の言葉にありがたさと申し訳なさが募る。

「トラブルに巻き込まれる前に、行きましょうか。」

「はい。」

僕は彼女に腕を差し出した。ありがとうとお礼を言って彼女は僕の腕にそっと手を乗せた。僕たちは元来た道をたどり始める。

そのときだ。

「おい、あんた。こんどはいい女連れてるな。」

後ろから声が聞こえて、僕はあたりを見回した。通りの脇から、男が現れる。僕が先刻であった男三人組だ。

「なまえさん、行きましょう。」

僕はなまえさんのいる前でトラブルに巻き込まれるのはごめんだったので、そのまま歩いた。しかし目の前に、五、六人の男が立ちふさがった。
後ろを振り返ると、男三人以外に男たちがいて、完全に囲まれてしまっていた。

「なまえさん、近くに。」

なまえさんを余計なトラブルに巻き込んでしまった。

「さっきは、世話になったな。」

僕が気絶させた男が指を鳴らしながら僕たちに近づいてくる。男が一歩近づくごとに全体の包囲が縮んでいく。

僕は、なまえさんの後ろに男が誰も来ないよう、通りの端に寄った。彼女を後ろに控えさせる。もしも、彼女に危険が及ぶ可能性があるなら、イノセンスの発動も考えなければいけない。

とりあえず僕は、人間には全くの無害な退魔の剣を用意することにした。

「うおっ、」

左手を剣へと転換し、僕はそれを自分の目の前に突き刺した。男たちは急な光景に一歩後ずさる。そもそも人間の手が剣に変わること自体恐ろしい光景のはずだ。

「なんだこいつ・・・左手が、剣に変わったぞ・・・」

「やばいんじゃないか・・・?」

男たちのささやきに、しめた、と僕は心の中でつぶやく。

「彼女に危害は加えさせませんよ。」

僕は男たちをにらむ。

「おい、こんなのはったりだ!こんな貧弱野郎、ぶっ潰しちまえ!」

このまま逃げてくれることを願ったが、もちろんそうは行かなかった。僕は右手で剣の柄をしっかりと握り、いつでも男たちを迎撃できるように構える。

「おらぁっ!」

かわるがわる、男たちが僕らへと襲い掛かる。僕は退魔の剣の側面で彼らに打撃を与えていく。もし相手を切っても少しもダメージがないと知ったら、相手は攻撃の手を強めるはずだ。気をつけなければいけない。

後ろのなまえさんはとてもおびえていた。彼女を安心させるためにも早く男たちを追い払いたい。でも、いくら彼らが僕らに危害を加えようとしてるとしても、僕にはどうしても、本気で打ち返すことはできなくて。

「くそっ、」

もどかしさに僕は、なまえさんの前で紳士らしくない言葉を吐き出した。

二人がかりで男が僕にこぶしを振り上げる。僕は二人の上からの攻撃を剣で受け止め、はじきかえす。そのとき、三人目の男が僕にけりを入れてきて、僕は避けきれず、なまえさんから引きはがされる形で蹴り飛ばされてしまった。

「しまったっ、」

僕は彼女のもとに戻ろうとしたけれど、遅かった。男が後ろから彼女の首に腕を回してなまえさんを捕らえていた。

「この女に手ぇだされたくなかったら、おとなしくしてろ。」

男は卑しい笑みを浮かべて、舌なめずりをした。
彼女の顎をつかみ、じっとりと彼女の容姿を見つめる。

「にしても、イイ女だよなぁ、お前の女かよ?」

なまえさんはおびえて必死に男から距離を取ろうとしていた。それでもほとんど至近距離で、僕は怒りと悔しさに震える。

「・・・て、」

なまえさんが、か細い声を出す。

「ああ?」

「・・・さん、」

なまえさんは誰かを呼んでいるようだった。彼女が一番信頼するひとだろうか。

「神田さん・・・!!」

よく知っている名前を聞いて僕が目を見開くのと同時に、彼女を拘束していた男が突如現れた影に吹き飛ばされた。

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