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03

できた池は、なまえは何もしなかったのではと思う程、生き物がいるわけでも植物があるわけでもなかった。

「少し時間がかかるんですよ。だからのんびり待つしかありません。」

俺が来るとき、いつもなまえは俺を池へ連れて行き、濁った水を鼻歌を歌いながら眺めていた。前は、俺たちの逢瀬の場は屋根裏部屋であったが、最近は池のそばである。

「じー。」

ばあやの妨害はもちろん半端ない。ずっと俺を監視している。たまに家の中の用事を片付けに行かなければいけないときは少しいなくなるが、すぐに戻ってきて、距離が近い!だとかいちいち言ってくる。距離など、一度も詰めたりしてないにも関わらず。

「神田さん、つまらないですか?」

ばあやの視線に少し首を鳴らすと、心配そうになまえが俺を覗き込んだ。その時の表情が、俺の記憶をくすぐる。

「いや、ただ後ろからの視線に疲れただけだ。」

なまえは振り返って、俺が言った意味を確認した。

「ふふ、ばあやは、私を大切にしてくれているから。」

「んなの分かる。俺だって・・・いや、なんでもない。」

俺もなまえのことが大切だと口走りそうになって、呑み込んだ。出会って半年も経っていない間柄でいうのはおかしいと思ったし、この言葉を言えば、あの人となまえを混同してしまいそうだった。

しかし俺は口走りすぎた。なまえは俺の言おうとしたことを察している。
その証拠に、なまえは嬉しさと恥じらいの笑顔を浮かべていた。
俺は、手を彼女へ伸ばしだす。まるで、あの人に手を伸ばすように。そして彼女の手に俺の手を重ね・・・

「喝!」

ばあやが吠えた。俺は自分の額に青筋が浮かぶのを感じながら、ゆっくりと自分の手を引いた。重ねようとしていた手が、怒りか何かで震える。

「どうしたの、ばあや?」

なまえは俺がしようとしていたことに気がついていなかったようだ。俺はなまえに悟らせぬよう、自分の感情を落ち着けた。

「良からぬ気が漂っているように思ったので、飛ばしただけですよ、お嬢様。」

それは俺のことかっ・・・・!
ぎり、と自分の手を握りしめ、ばあやを睨む。しかし、ばあやは素知らぬ顏。図太い神経をしたばばあだ。

「ねえ、神田さん、」

呼ばれて、ばあやへの視線をなまえに戻すと、彼女は池を少し切なそうに眺めていた。

「私、神田さんが心配です。」

「・・・」

「初めて会ったときも、本当に危なかったし、エクソシストのお仕事はとても危険なんでしょう?」

エクソシストの話については、極力してこなかった。なまえは本来関係のない人間で巻き込むわけにはいかないからだ。それでもやはり、出会いが死にかけの状態だったからずっと気になっていたのだろう。

「私、心配です。」

なまえは俺を見つめて、俺の手に彼女の手を重ねた。
ばあやは、今度は何も言わなかった。





それから少し経って、なまえはもうそろそろだから池の方は見ないようにと言って、俺たちの逢瀬の場所はまた変わった。
屋根裏部屋からは池が見えるので、池を見る可能性を少しでも潰そうとなまえは俺を彼女の部屋へと連れて行くようになった。年頃の若い女が男を連れ込むなんてどうかと思ったしばあやもそのことを指摘したが、さすがなまえ。神田さんはそんなことしないと自前のおっとりした性格を発揮させて、ばあやの忠告をやんわりはねのけ、俺に良心という枷を巻きつけたのである。あのときのなまえの表情は純粋に俺を信じていた。





ある日の別れ際、

「神田さん、今度、三日後にまたここに来ていただけますか?その頃に、神田さんに池を見せてあげられそうなんです。」

なまえが次の俺の訪問日を決めた。彼女がこうして俺に約束を申し出たのは初めてで、俺はすぐに返事をした。

「ああ。」

しかしこの時、俺はジョニーの退団のことを考えていた。モヤシを追いかけるつもりのあいつに、俺はついていくつもりであったからだ。

三日後に訪れるとしたら、きっと、その日がなまえに合う最後の日となる。しばらくはきっと会えない。

「楽しみにしていてくださいね。」

別れなど知らず、三日後を楽しみにするなまえに、そのことを伝えるのは胸が痛い。


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