ぐるぐる眼鏡 | ナノ
期待の新人

最近入ったという科学班の新人が、すごいらしい。
普段人間に興味のない俺の耳に入るほどそいつはすごいらしい。何がどうすごいのかはわからないが、とにかくすごいらしい。
すごいすごいと連呼されているその新人は、どうやら支部での活動をほとんどせずに本部へとやってきたとか。専門分野は広く深く、記憶力は抜群、ずば抜けた発想力を有し、そしてとにかく仕事が速いので使えるとのこと。

「はっ、噂が独り歩きしてるだけだろ。」

「いや、まだ俺も会ってねぇけど、そうじゃないらしいんさ。」

知りたがりの兎がまだ会っていないということは、この任務につく直前か、この任務中にその新人は入ってきたのだろう。任務中こいつが二度ほど教団と連絡をとっていたので、その時に仕入れた情報だろう。あまりにも長電話をしていたので、別の場所で時間をつぶしていて聞いてなかった。
この任務に就いたのはおよそ二週間前で、ラビが教団に連絡を取ったのは一週間前と三日前のことだから、長くとも二週間前、短くとも一週間から三日前の間に新人は入ってきたことになる。まさに、彗星のごとく現れた期待の新人、だ。

「マジですごいらしいからあとで見に行かね?」

「なんでお前といかないとだめなんだ。」

「でもやっぱり気になるんさね、一人で見に行くんだ?」

「うるせぇ。」

現在俺とラビは教団へ帰還途中。列車を乗り継ぎ、ようやく地下水路までたどり着いたところだ。探索部隊(ファインダー)がいないため俺はラビに小舟を漕がせている。列車の中でもこの小舟でも、こいつは耳がついている奴であれば誰にでも話しかけるので、うっとうしいことこの上なかった。最初は無視を決め込んでいたが、無視をする方がよりうっとうしいので、この通り、だ。

「ほい、とうちゃーく。」

がこん、と船着き場のコンクリートにわざと船をぶつけて、ラビは船を止めた。手早く船をロープでつなぎ、船から降りる。

「ちっ、わざとやんな。」

「楽しいしいいじゃんよ。」

悪態をつきつつ、報告書をラビへ手渡す。

「科学班に行くなら、もってけ。」

「え、ユウいかねぇの?」

「めんどい。」

「新人ちゃん気になんないんさ?かわいい子かもしれねぇのに。」

「女ってのは初耳だぞおい。」

「あれ、言ってなかったさ?」

「どっちでもいいけどな。」

余計な一言で少し会話を長引かせてしまった。とにかく報告書もってけ、とラビに押し付け、あと自分のファーストネームを呼ぶなと脅してから俺は地下水路から速攻で食堂に向かった。
時刻は遅めの昼食時。帰還を速めるために朝から食事を一切取っていなかったので腹ペコである。いつもは任務前に食べる天ぷら蕎麦を今日は食べようか、と考えながら食堂へ向かう。自然と足早になるのは否めない。朝食を抜きにし、昼食を遅らせたのは帰還を速めるため、という理由が一番ではあるが、ジェリーの蕎麦を食べるという理由もあった。教団以外で蕎麦を食べられる場所は極々稀であるし、ジェリー以外にうまい蕎麦をつくる奴を俺は知らない。
食堂につき、ジェリーに天ぷら蕎麦を頼むとまた任務なのかと聞かれ、ただ食べたかっただけだと伝えて俺は蕎麦が出来上がるのを待った。

「おまちどーん。」

大した時間を待たず蕎麦が出来上がり、トレイにのった蕎麦が俺の目の前に現れる。今日も、安定のハイクオリティな見た目とおいしそうなにおいに、心の中でうなずいて、俺はテーブルへとつくためにくるりと振り返った。

「なにっ」

「ふぎゃっ、あっつ!!」

振り返った瞬間、小柄な奴の頭がトレイにぶつかって、蕎麦が盛大にひっくり返った。皿がそいつの頭の上にかぶさり、すべての蕎麦が台無しになった。おい、嘘だろ、と絶望が隠せない。ジェリーの、ジェリーが作った、最高の、天ぷら蕎麦が。
高い声が熱いと叫ぶのを聞きつけて、一度さったジェリーが戻ってきて、事の惨状をみて言葉をなくしていた。俺はジェリーを一度見、そして小柄な奴の頭の上に載った蕎麦の丼を見た。気づけばわなわなと自らが震えていた。つきん、と自分のこめかみあたりが痛むのを感じる。小さな血管が切れているのかもしれない。落ち着け、と自分自身に言い聞かせたいところだが、腹が減っていることと、最高の蕎麦を台無しにされたことへの怒りを客観的になだめられる自分はいない。
あついあついと目の前で騒ぎ立てぴょこぴょこと飛び跳ねている女(餓鬼か?)は白衣を着ていて、その白衣がほとんどつゆでぬれていて熱かったようで慌てて脱いでいた。

「おいてめぇ、」

どこ見てやがる、と怒鳴りそうになったとき、慌てたジェリーが俺の肩をつかんだ。後ろに引っ張られ、あまりの馬鹿力に俺は踏ん張りがきかず、カウンターに勢いよく背中をぶつけ、格子に頭をぶつける。

「キラちゃん大丈夫!?」

キラ、と呼ばれた女は頭にかぶった丼の中身の蕎麦が床に落ちないよう気を付けながら丼をとり、ジェリーを見た。
金よりの茶髪の女だった。目が隠れそうなほど長く重たそうな前髪の上に瓶底の眼鏡をかけている。もし額が出てたら、きっと俺はこう思っただろう。あ、こいつ女版ジョニーだ。と。髪は短いのに、なぜか前髪は長め。どういうセンスしてんだ、と疑いたくなる。しかも髪が短く寝癖などもついているせいか、もっさりしてる。きっと白衣がなくてもわかった。こいつ科学班だ。見たことがないからこいつが新人なのだろう。全く凄腕にみえねぇぞ、この瓶底。

「大丈夫です。あ、ジェリーごちそうさまでした。」

ジェリーに勢いよく引っ張られ、いろいろと打ち付けたことで一気に怒りが収まり、瓶底のことを冷静にとらえることができるようになった俺は、瓶底をただ見つめていた。瓶底は自分の身の回りをささっと片付け、俺のダメになった蕎麦とともにジェリーに食器を返した。

「ごめんね神田ちゃんが。」

ぐ、と頭を押されて頭を下げさせられた。ぐおっ、と声が漏れる。

「大丈夫です。この人が神田ユウですか。」

かちゃり、と眼鏡のブリッジを押し上げて、瓶底がいう。

「キラ・フェドリア、科学班です。」

てめぇの外見ですぐにわかったわ、と突っ込んでやりたい。握手を求めるその手を無視して、俺はふん、と鼻を鳴らした。蕎麦のことを許してやったわけじゃない。

「じゃあ、これで。」

「ってお前そのまま科学班行く気かよ!?」

つん、とそっぽを向いていると瓶底、もといキラがスタスタと自室棟がある方ではなく科学班のある場所へ行こうとしていたので思わず突っ込む。するとキラはくるりと振り返って、首を傾げた。

「何か問題でも、みたいに首傾げんな、どっからどうみたって問題だらけだろ。」

「ではどうすれば。」

「は?風呂行け。」

「はあ。」

「んだその反応は。」

「絶対、ですか?」

「絶対に決まってんだろ!」

熱々なつゆで頭やられたなこいつ。

「わかりました。お風呂どこでしょう。」

「行ったことねえのか。」

「実はこう見えて来たばかりでして。」

「こう見えてってどう見えてだ、わかるわ普通に。」

「あ、そでしたか。」

瓶底はそう言って、六日前なんです来たの、と続けた。そんなに長く風呂に入ってないことに俺は目を剥く。

「そのうちカビはえるぞ。」

「そうですね。私の頭はカビの繁殖条件を揃えている可能性が高いです。」

「だから風呂行け!」

「案内お願いします。」

「誰がするか。」

腹が減っているので天ぷらそばを食べたかった俺は即断った。

「では仕方ないですが。」

しかし瓶底が科学班へそのまま行こうとするので、やめろと言って結局案内することになった。こいつ、常識なさすぎ。
こんなんが噂になっている科学班の新人だとは信じ難かった。

しかも、使い方がわからないと言って、女湯に俺を連れ込もうとしやがった。持っていたゴーレムでリナを呼んでやった。マジなんなんだこいつ。

- 1 -
[*前] | [次#]
top main novel top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -