「かーんだくん、」
昼休みに、いつものように神田君の教室へいくと・・・あれ?私は首をかしげて教室内をぐるりと見回す。いつもみんなでお昼を食べるから、私が迎えに来れば必ずいるはずの神田君が消えてしまっている。
なんてこと、私の神田君が私とみんなとのお昼ご飯を放棄か・・・!?
数分待ってもなかなか神田君が表れる気配がなくて、ちょっと過大妄想をする私。
うーん、いや、もしかしたら今日は先に行ってしまっているのかもしれない。私はとりあえず一人でみんなの所へと向かうことにした。
*
「――え、神田君きてないの?」
「ええ、まだ。」
「いっつも必ずなまえ先輩と来るのにめずらしいさー。」
いつも私たちの昼食所となっている屋上には、神田君はいなかった。今日は何のお知らせもなく無断欠席の神田君。彼にいったい何が・・・なーんてふざけて大袈裟に考えてみるも何も思い当たることがなかった。
「私に黙って何かやましいことしてるのかなー、なーんて。」
口元に笑みを作りながら思わずそう口にだしてみると、リナリーちゃんとラビ君が口をそろえて、それはない。絶対にない、と否定。私は二人の否定に笑みを深めつつお弁当を広げた。
「神田君待っても仕方ないし、先にお弁当食べちゃおうか。」
「そうさね。もう俺、腹へって死にそう。」
「あら、なら死んじゃう?」
「はは、毎回冗談きついって。」
毎日のリナリーちゃんとラビ君のこの応酬は、もういただきますと同じくらい定番化している。私は変わることのないやりとりに心を和ませつつ、一口目を食べた。
とりあえずお弁当を食べ始めたわけだけど、もちろん食べている間の話題はここにいない人なわけで。
「にしても、ユウ、どしたんだろな。」
「なまえ先輩を置いてだなんて、非常事態かしら。」
「そうなんだよねぇ、神田君いっつも律儀に待っててくれるのに・・・」
「あ、そういえば今日、ユウの靴箱にラブレター入ってたからそれかも。」
「え、?」
「ああ、いや、ユウ断るって言ってたし、大丈夫さ。」
「それになまえ先輩がいるんだから。」
「ん、うん。別にそのことは気にしてないんだよ。というかそれより――」
「悪い、遅くなった・・・」
と。そこに噂の人物、神田君が登場した。彼は心なしか少し息が上がっているように見える。そのおかげで程よくフェロモンがでてて神田君独特の色気が漂っていた。
そんな彼は私の隣にどかりと座ってお弁当を広げだす。私たちはあと三分の一くらいで食べ終わろうかしているときであった。
「どうしたんさ、ユウ?」
先ほどラブレターがどうのこうの言っていたラビ君がそ知らぬふりをして神田君に聞いてみる。
「ちょうど前の授業の教科担当に手伝わされたんだよ・・・」
忌々しそうに言いながらお弁当を食べていく神田君に、「へぇ、」と私はいたずらっぽい笑みを浮かべてみる。
「じゃあ、大変だったねえ。」
「・・・・・」
私のこの表情をみて、神田君はちょっと気まずそうに目をそらす。あれ、ちょぉっとかまかけてみただけだったのに、簡単にひっかかっちゃうなんて。
それに気づいたリナリーが一度私に目配せをした。私はそれに最大限の黒い笑みでGOサインを出した。そうして彼女は、ラビ君が私にラブレターの件を吹き込んでしまったことを知らない神田君に追い討ちをかける。
「そういえば神田、ラビがね、今日の朝神田の靴箱に――」
「ばっ!てめっ、それ以上言うな!」
「どうしたの神田君?靴箱になんか入ってたの?」
「いや、何も・・・」
私はちょっと緊張している神田君にわざとらしく聞いてみる。神田君と靴箱の組み合わせであれば誰だってラブレターに結びつかないわけがないけれど、先ほどから神田君の反応が可愛らしくって面白くって。だからついついさらにいじめたくなってしまうのだ。
「でも、ラビ君が何か知ってるみたいだし・・・ねえラビ君。」
「ん、おう。」
「なんだったの?」
「それは――」
「だから言うな!」
よほどいって欲しくないのだろう。神田君は本日二度目の遮りをしたあと、はらはらしている。ばればれなのにまだばれていないと思っているあたりが、私の掌の上でころころ転がってくれているみたいで可愛い。
「言うなって、どうして?」
「別になんでもねえ・・・」
「なんでもないなら聞いていいでしょ?」
「・・・・」
神田君は、う・・・、という感じで固まってしまった。神田君は自分の反応でもうほとんどばれてしまっているようなものだと気づいていないのだろうか。そういうところが神田君の可愛さで、いちいち私の心をくすぐってくるから笑みが零れる。
「ごちそうさま。」
話している間に私もリナリーちゃんもラビくんもいつの間にか食べ終えていた。
「あ、俺もそういやごちそうさまさ〜。」
「じゃあ、私たちはお先に。」
「うん、じゃあまた部活で!」
お弁当をしまい、あとはお二人でどうぞとでも言うように彼女たちは去っていく。
まずいって顔をしている神田君はラビ君たちにいって欲しくないみたいだ。
そんな彼の願い虚しく、というか彼女たちはどちらかというと私に協力的だから願っても意味ないのは神田君は重々承知だけど、彼女たちはすぐに屋上から姿を消す。
「二人もいなくなったことだし・・・」
私はお弁当をしまい、そういって神田君に向き直った。ぴく、と私の言葉に反応して神田君が固まる。そういう反応が私を煽るってわからないのかなあと思いながら、私は神田君に笑みを見せる。
「さ、靴箱にどーんな手紙が入ってたのか教えて?」
「なっ・・・!!ラブレターって気づいてたのかよ。」
「え?ラブレターだったんだ?」
「・・・・」
神田君はしまった、という顔をして目を逸らす。そんな彼に私はこっち向いてと彼の頬に手を添える。
「っ・・・」
息を呑み、ぴくりと体を震わす彼に私はにんまりしつつ、少し彼に体を寄せる。
「まだ、弁当食い終わってな、!!」
そういって抗議の声を上げようとする彼の耳に私はちゅ、とキスをして、それから息を吹きかけた。
私はちょっと神田君の後ろへと体を移動させて彼の首筋に顔をうずめる。すんすん、と鼻で匂いを嗅ぐと石鹸の匂いに混じって神田君の匂いがする。
「か、嗅ぐな!」
少し顔を赤らめて私から離れようとする彼に私は後ろから手を回してしっかりホールド。逃げようと思えばできるのにしない神田君の優しさと可愛さに私はさらに意地悪しようと決意。
「気にしないで、私が勝手にしてるんだし。神田君はご飯食べなよ。」
彼の耳元で息がかかるように喋ると彼は耳まで赤くしていた。
神田君は大きめのお弁当箱にまだ半分くらい食べ物を残している。神田君ぐらいだともう少し食べないと午後を乗り越えるのは難しいだろう。
神田君はそれを自分でもわかっているようで私が何かしないか気にしながらお弁当を口に運ぶ。口にもう少しで全部入ろうとしたところでちょっと腰をつつくとくすぐったかったらしく箸に乗っけていたものをちょっと蛇行させて口の中に入れた。そのせいで、口の端に食べ物が着いていた。
「あ、神田君。」
「・・・んだよ。」
呼びかけると案外素直に彼はこちらを振り向こうとする。私は彼の頬をつっついていった。
「端っこ、食べ物ついてるよ、とったげようか?」
「!!・・・い、いい。」
「顔赤いけど、期待した?」
「してねぇ!」
「そんなムキにならなくっても、」
私はさらに顔を赤くして拒否する神田君が可笑しくて可愛くて笑ってしまった。
「・・・・」
するとさすがにあんまりにもいじめすぎたのがいけなかったのか、神田君が箸をとめ、弁当をおいて水筒のお茶を乱暴に飲む。
そのあと数秒黙った神田君に、「かんだくーん、」と私は呼びかけてみたけれど反応はなかった。
「かんだくん?」
私はやりすぎたのだろうかと心配して横から彼の顔を覗き込む。
と。
「わわっ!」
沈黙していた神田君が急に体をくるっと反転させたかと思うと私はそのまま彼に押し倒されていた。どん、と肩や頭が屋上のコンクリートにぶつかって痛かった。
「・・・さっきから、いくらなんでも我慢の限界ってもんがあるだろ・・・」
ぎり、と少し痛いくらいに肩が押される。
「か、かんだくん・・・?」
神田君の瞳と声はどうやら怒気がにじんでいるらしい。
「あ、の・・・ご、ごめん・・?」
私は謝ってみた。けれども、そんなのがあんまり功を奏すわけもなく。
「っ!?」
私の顔の横に手を置いた神田君が、もう片方の手を私の頬に滑らす。私はされるがまま、固まっていた。
神田君の手は最初は頬を滑ったあと、一度私の下唇を指先で優しくたどったあと、そのまま滑り降りて首筋へと移動した。手の甲から指の先まで、触れるか触れないかぐらいでたどられると思わず身をよじる。
「うごくなよ。」
私の少し浮いた方を神田君はぐっと抑えた。やっぱちょっと痛い。でもぜんぜんいやじゃなくてむしろ凄くドキドキしてしまって。
神田君は私の顔の横で突っ張らせていた腕を曲げると、私に一気に顔を急接近させた。こ、これはキスか、と私は思わず目を強めに瞑るけど。
「ぁ、!」
びくりと思わず体が震えた。耳にキスされて、ふっと、息が吹き込まれる。私が神田君にしたやつと同じ。これはまさか仕返しかと思っていたら、
「っ、!」
それ以上だった。彼は私の耳を唇で食んだり、耳たぶの少し裏辺りに唇を這わせて。
ぞくぞくと這い上がってくる感覚に私は身じろぎした。
「だから、動くなっつったろ。」
神田君は私の身動きが許せないらしく、動かないように上半身を私に乗っける。
「心臓、凄くドキドキいってんな?」
彼は私の耳元に甘い声を吹き込んで、私がそれにぞくぞくと体を震わせるのをくっついている上半身で感じ取って、ふん、と笑った。その息さえも私の耳にかかってびくっと体を震わせる。
「かんだくん、も、離れてよ・・・」
私はゆるゆると彼の体を押す。
「なら、もっとちゃんと抵抗すればいい。」
神田君は私と顔を合わせて、めちゃくちゃいい笑顔でそういう。至近距離で、その笑顔って言うのは、私にそうさせる気を失せさせるためだとわかっていながら抗えない。
抗えない私を見ていじわるな笑みを浮かべた彼は、頬や額、まぶたやこめかみ、鼻の頭とキスを落としていく。
そういう唇の動きは優しいのに、キスを落としながら私の抵抗していた手を握ってコンクリートに押し付けたのは荒々しかった。
「神田君、」
私は神田君に呼びかける。
「ん?」
無駄にいい笑顔で聞いてくるものだから、私は恥ずかしくなって先がいえない。
「その、この手痛い」
だから私は別のことをいってしまう。
「はっ、よく言う。」
神田君は、それを見透かしているように更に押さえつける力を強くした。
「痛くされてうれしいって顔してるぜ。」
「っ。」
ぼぼぼ、と顔が赤くなる。神田君は私の反応に気をよくして、聞いてきた。
「ほんとは何されたいんだ?・・・ん?」
神田君は私が本当は何されたいか知っているくせに私が言わない限りやってあげないという意地悪をしてくる。しかもそれをわざと聞いたら、私が余計はずかしくて言いづらいのを知ってて聞いてくる。
そして極め付けにぐずぐずに溶けてしまいそうな甘くて熱っぽい声を演出して「ん?」とか耳元で言うもんだから、
私は、もう、頭がばくはつしてしまいそうだった。