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「……ねえ、やっぱり、ケイトは女の子だよ」
しばらくアルに抱き締めてもらって、顔の火照りなども収まり、もう一度鎧のなかに戻ってから、アルがそっと話しかけた。
「子供が生めなくても? いや、ちがう、ちがうんだ。いまのは聞かなかったことにしてくれ」
つい反射的に出した言葉だったけど、母さんのことを思い出して、すごく罪悪感がわいた。
アルもその事に気づいてるだろうが、僕を責めず話し出すのを待っている。
「あー……今の言葉って、僕、最低だな」
「そんなことないよ。今の言葉はそういう意味じゃないんだよね」
アルの優しさが、本当にじーんと染み渡っていく。アルがわかってくれているだけで、救われた気分になる。
「こんだけ話してても寝てるんだな、エドは」
「兄さんは僕の分まで寝てるんだよ」
アルは嬉しそうに言う。
どういう意味だろうと思って、話を聞いたら、僕と別れてからのこと、そしてなぜ北にやって来たのか話してくれた。
「そうか、二人も繋がっているのか」
「うん。だから、兄さんは二人分を背負ってるってことになる。だから背にまで栄養がいかないんだろうな」
「それでまだ背が伸びないのか、エドは」
「兄さんも、自分で認めたよ」
「ははっ、あのエドが! おっと、大きすぎたな声」
面白すぎて、つい大声で笑ってしまった。慌てて口をつぐむ。アルのなかにいたから、少しは声も抑えられたはずだが。
「よかったな、アル。希望がある」
「うん。希望が見つかった」
「あとは……進むだけ」
「うん」
僕らはちょっとだけ、どちらともなく黙った。この沈黙には、未来を想像した光もあれば、不安定な今に対する暗闇もあった。
「なあ、アル……」
僕は今まで考えていたこと口にした。
「君らは元の体に戻ろうとしている。僕からすると、ほんの少しだけ道理ではない気がしている。でもアルだけは別だと思っている」
「ケイトの言いたいこと、わかっているつもりだよ」
アルは僕の言葉に怒らなかったし、傷ついた様子でもなくて安心する。
「僕らは禁忌を犯した。その罪を体をもって償っているのだから、償いの証であるはずの体を取り戻そうなんて、勝手すぎる話なのかもしれない。でもケイトは、僕が払った代償があまりにも大きいって思ってるんだね」
「うん。だから、お前には体を取り戻してほしい。でもエドや母さん、兄さん、僕は、違うような気がしているんだ」
「もしかして……だから、ケイトは自分の記憶の代わりに臓器や味覚を手放したの? 近くには賢者の石を持っているホムンクルスがいたのに」
僕は黙ってうなずく。しかし、アルから見えないことを思い出して、心の準備をしてから、ちゃんと、声に出して肯定した。
「……ねえ、ケイト。僕らはみんな、等しく罰を受けていると僕は思うよ。目に見える罰は大小異なるかもしれないけど、心に背負ったものは、みんな一緒だ。僕は元の体に戻ったとしても、一生、罪を背負い続けていくだろうし、それは他のみんなも一緒だよ。だから、ケイトは、取り戻したいのなら、手を伸ばすべきだと、僕は思う。それは全然悪いことじゃないよ」
「兄さんも、師匠も、それにロイドも、ケイトのお父さんお母さんだって言うと思うよ」とアルは付け加えた。
僕の中に燻っていた葛藤をいとも容易く掬い上げ、言葉にし、そして、許してくれた。
僕はずるい。優しいアルならこういってくれるだろうとわかっていた。もしかすると、0.01%くらいの確率でアルは本心とは関係なく僕のためにいってくれたのかもしれないが、それでも、その許しは、僕にとっては救いになった。将来、家族を得る小さな期待が生まれる。
「僕も、希望に向かって突き進んでいいかな」
「一緒に、進もうよ」
僕は答える代わりに、精一杯の感謝の念を込めて、内側から拳を鎧に当てた。
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