追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 40 pieces

北で降りてから、女装を解いた。
スカートだったので、列車のなかで大胆にくつろぐことができず、窮屈な思いをしたので、ズボンに履き替えると、清々しい気持ちになった。僕はさっそくブリッグズ要塞に向かうことにした。

防寒対策はバッチリして、人に案内してもらう。軍の所有地からは一人になったが、幸い吹雪くこともなく、道を失わずに要塞の前まできた。

「追憶の錬金術師、ケイト・クウォークです。こちらの少将に用があってきました」

銀時計を見せながら、門番に用件を伝えた。門番二人は顔を見合わせたあと「少々お待ちください」と言い、近くにあった有線通信機で連絡を取った。

しばらく待つと、少将から許可が降りたようで、中に通される。巨大で堅固なブリッグズ要塞の中にはいる。

中にはいると、案内されてまっすぐそのまま、応接室だろうか、そこへ通されて少将と会うことができた。

「どうもはじめまして。ケイト・クウォークです」

簡単に挨拶をする。
アームストロング少将は美人だった。筋肉ムキムキな少佐に比べて小柄だ。しかし少佐からはいつも情が溢れている感じがするのに、この人からは鋭さしかまず感じなかった。寒い北国にいて、表面が凍っているのだろうか。

「用件はなんだ。しかも司令部を通さずに」

単刀直入に聞かれる。深みのある女性の声でも、力強い。

「実はここにエルリック兄弟がいるって聞いて来ました」

「エルリック兄弟だと?」

「はい」

「奴らになんの用だ」

「それはエルリック兄弟に言います」

「……ほう、言えないか。奴らの事情と関係しているのか?」

「ん? なんのことです」

エドたちの事情と聞いて、人に知られてはまずいことを思い起こしたが、二人が話すはずはないと思い、とりあえずしらばっくれてみる。

「どうやら貴様はあいつらよりは賢いようだな。自分の腹のなかを見せないようにするのが上手い」

「別にそんなことしているつもりは……」

「いい。私はあいつらから色々と聞き出している。人体錬成の話からホムンクルスの話、国土錬成陣まで全部だ」

エドとアルが全部話したと聞いて、僕は少し驚く。しかも、二人は国土錬成陣について知っていて、それを軍関係者に話している。よほど、この少将が信用できたのかそれとも無理矢理吐かされたのか。

「二人は……よほどあなたのことを信用したのですかね?」

「さあな。しかし少なくとも私は中央の上層部みたいな腐った頭はしていない。不死の体なんぞくそ食らえだ」

不死の体がどうとか、よくわからなかったが、どうやらまともな思考回路を持っている様子の少将である。エドたちが話をした理由もわからなくはない。

「そういうことでしたら……僕もきちんと話します。僕がここにきたのは、エルリック兄弟の弟の方に、これを渡すためです」

僕は紙を差し出す。記憶操作逆転の錬成陣が書かれている。

「これは?」

「僕は中央でホムンクルスに命じられて記憶操作の錬金術を作りました。やつらは上層部の人間に使うつもりで作らせました。これはその錬金術を無効化する逆転の錬成陣です」

「なるほどな。これを奴らに渡しにきたと」

「そうです」

「わかった。ならばエルリック兄弟に会えるよう取り計らおう」

「どうも」

「ただしその錬金術、私にも寄越せ。二つともだ」

「……え?」

「その錬金術、このブリッグズにも欲しい」

「それはつまり、誰かの記憶を操作する可能性があるといいたいんですか」

「そうだ」

「具体的には」

「ドラクマの密偵だ」

「…………」

僕はちょっと考える。まさかホムンクルス達以外で必要とする人物が現れるとは思ってもいなかった。この人なら悪用するなんてことはないとは思うが、それでも積極的に使わせたくはない。人道に反する錬金術なのだこれは。

「渡す前に、いろいろと記憶操作の不便さを紹介しておきます。もしかすると、欲しくなくなるかも」

僕は少将に記憶操作のデメリットを伝えることで回避できないか試してみた。
僕は記憶操作の欠点をあげた。(37話参照)
最大のデメリットは、記憶操作には一時間かかり、その間は使用者と非使用者は外界から隔絶されなければならないことだ。しかも大きな矛盾が生じれば記憶操作は簡単にとける。

「かまわん」

欠点をあげたが、少将はどれを聞いてもたいして欠点とは感じなかったようだった。

「現時点で記憶操作が可能なのは貴様だけだ。これより優れたものが現れればこの記憶操作を破棄するのみ。本来、敵を裏切らせ、敵に虚偽の情報を握らせるのには相手の心理をつく必要がある。それをたった一時間で済ませてしまえるならばこれほど簡単なことはない」

「そうですか」

「いかにも青二才らしく、非人道的なことは許さないとでも思っているか? しかしこのブリッグズは国境の最前線。戦場だ。そもそも非人道的場所でそんな馬鹿げたことをいうこと事態が間違っている」

少将の言っていることは、僕には正しく聞こえた。避けられないことなら、必要最小限に押さえる努力をするべきだ。そのためなら、力はどれほどあっても足りない。いつかは追い付き追い抜かれる危険性が常に潜んでいるのに、進化せず停滞してはいられない。守るための圧倒的力は必要なのだ。そして少将のように、吸収した圧倒的武力を、正しいことに使えなければならない。

強い人だと思った。今まで見てきたなかで、誰よりも。
この人は正義とかそんなことのために動いているのではない。現実をしっかりと見据えて、感情に流されずなすべきことをしようとしている。無駄な血を流さず、守るために。

「確かに、少将のいう通りだと思います。これはあなたに渡します」

僕は素直にアームストロング少将に二つの錬金術を渡した。
この人は使うべきときを見極めて使える人だと判断したからだ。

「……あの兄弟より、物わかりがいい」

少将は不敵に笑って、それを受け取った。

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