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顧客の名簿を見せてくれと頼んで、どこのどいつがすんなり見せるだろうか。商売人は客を失う可能性のあるようなことなど、1パーセントだってしない。
「兄さんは本当に来てないんですね?」
「来てないわよ。」
「じゃあ、やっぱりお願いします。見せてください。」
「んもう、しつこいわねえ。ダメったらダメ。」
ガーフィールさんは絶対に顧客を教えようとはしなかった。彼が素晴らしい人だということの証明なんだけれども、情報が欲しいこちらとしては彼の行動は嬉しくない。
「どうしたんですか?」
少し休憩だろうか、ウィンリィが僕らの様子に気づいてやってきた。僕はウィンリィがちょうどエドと離れている機会を逃すまいと彼女に質問した。
「ねえ、僕と同じような顔の人店に来なかった?両腕機械鎧の男!」
「ええ?急に言われてもわかんないわよ。」
「ガーフィールさん写真とか持ってますか?」
「あったかも。探してみるわ。」
ガーフィールさんが探しに行っている間に、僕はウィンリィに事情を説明した。誰かの記憶が僕の中にあるという話を。
「そんなのあるわけないじゃない。」
「いや、普通考えたらそうだよね。そうなんだけど、僕は人の記憶に関する錬金術を研究してて、僕の兄さんも研究しててさ。もしかしたら錬金術で兄さんの記憶が飛んできたのかもーなんて。」
嘘である。兄さんは医療系の錬金術が専門だ。記憶のことに関して言えば、遠くの人間に錬金術は作用させられない。それに記憶を誰かに与えるなど到底不可能である。誰かの脳に記憶を与えるという行為はほとんど記憶のでっち上げだ。そもそも僕でさえ記憶の構成物質を知らないのに、記憶を作り上げることはできない。そして記憶を頭の中で作るとしてどこからその材料を持ってくるのかもわからない。今の所、僕はある神経器官に情報伝達の交通路のようなものがあると仮定して研究をしているけれど、あまり成果はないし。
僕が嘘をついたのは、ウィンリィに僕が兄さんと人体錬成をしたことを隠したかったからであった。
「うーん、とにかくあたしがケイトのお兄さんを見たことがあったら、お兄さんが勝手に自分の記憶をケイトに送りつけた可能性が高くなるってことよね?」
「そう。ウィンリィすっごくよくわかってるよ!」
ウィンリィあったまいい、と褒めちぎるとウィンリィは照れ臭そうに笑う。きっと先ほどの感情を持ったままだったらまたウィンリィにドキドキしただろうけど、今はただ微笑ましく思うだけである。そのことに僕はほっとした。
「あったわよ!」
ガーフィールさんがよほど一生懸命探してくれたのか嬉々として見つけた写真を持ってきてくれた。僕は彼の厚意にきっちりと感謝の言葉を述べて、ウィンリィと兄さんの写真を見た。その写真は2年前のもので、兄さんが機械鎧のリハビリを終えてすぐのころのものだった。兄さんは幸が薄そうな笑みを浮かべている。一見、兄さんはまだ人体錬成に取り憑かれているようにも見えるが、僕にはわかった。兄さんはこの時にはもう前を向いて歩き出し始めていた。それから二年間兄さんが何をしていたのかはわからないけど、きっといいことのために錬金術を研究し続けてきたのだろう。
「見たことあるかも。」
ウィンリィの言葉を聞いて僕は彼女に詰め寄った。
「本当?どこ?いつ?なんか話した?」
「質問攻めね・・・」
僕の勢いにたじろぐウィンリィ。僕は彼女に顔を寄せた。
「頼む。思い出して。」
ウィンリィの頬に朱がかかった。あれ?と僕は思う。だって彼女はすでに僕が女だと知っているはずだから、赤くなる要素など消え去ってしまったはずなのだ。
「店の前で掃除してた時、えっと、六日前かしら。じっと見つめてくる人がいたのよね。遠目だったから絶対ってわけじゃないけど、ケイトよりかっこよさそうって、思って。」
あ、ウィンリィは兄さんのこと思い出して顔を赤くしてたのか。彼女の赤面の理由を理解して僕はちょっとにやける。
「僕より?惚れた?」
「違うわよもう!遠目だからよくわからないって言ったじゃない。ケイトはすぐそうやってからかうんだから!」
ついからかってしまった。もはやこれは悪い癖だ。
「とにかく見たんだねウィンリィ。」
「うん。」
僕はウィンリィの力強い頷きを信用した。この証言から導き出されたのは、ある一つの確信に近い仮説。
僕と兄さんは、人体錬成の時混じってる。記憶を取り戻した今、僕が兄さんの記憶を見てしまった理由はきっとそれだ。
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