追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 19 pieces

その部屋には、大量の血液と吐瀉物の臭いが充満していた。それらが混ざり合った臭いに、吐きそうになった。でも僕の胃は空っぽで、吐き出すものは何もなかった。
部屋の中央には、錬成陣が書かれていた。人体錬成の陣だった。
僕は、どうして自分がこんなにも打ちひしがれているのかわからないまま、人体錬成をしたこと、真理にであったこと、そして記憶をもって行かれたことを思い出す。
でも、それ以外はなにも思い出せなかった。
僕はいったい誰を錬成したのか、においや血液はあるのに、どうして人体錬成の結果がここにはないのか、なにもわからなくて、どうすればいいのかもわからなかった。
立ち上がろうとすると、僕の手のひらから小さな紙きれが落ちた。そこには、地図が書いてあって、それは肉屋を指していた。さらに『母さんによろしく』とだけ書かれていた。
僕はしばらく、何もする気になれなかった。僕のうちにある絶望は、どんどん僕をその穴の中へ落としていく。救いがあったのは、僕がその理由を思い出せなかったことだ。絶望の底にたどり着いて、しばらくすると僕はそれに妙な慣れをしていた。
僕は、地図の指し示す場所へ向かうことにした。
僕がいたのは、小さな家だった。あまり整理がいきとどいていなくて、いろんな紙が散乱していた。そのどれもが人体錬成に関するものだった。
迷いながらようやく家を出る。外は、夜だった。街頭の下で、地図を確認しながら肉屋へと向かった。夜のせいでMEATと書かれた看板を見つけるのが難しかったが、なんとか見つけて、戸を叩く。誰も、出てこなかった。僕はcloseと書かれたドアの前に、じっとうずくまっているほかなかった。

どのくらい待ったかわからなかったが、空が白み始めて、それから太陽がでてきて、肌に当たる日の光を暖かいと感じるころに、ようやく人の気配を感じた。
若い男の人だった。その人は、肉屋の従業員みたいで、店の開店のために内側から鍵を開けに来たらしかった。その人は僕に気がつくと慌てて僕の腕を掴み、僕を覗き込んだ。

「ケイトちゃん、ずっとここにいたのかい?こんなに体を冷たくして。とりあえず中に入って。」

男の人に呼ばれて初めて僕は自分の名前がケイトだということを知った。本当に僕は、何も覚えていなかった。
肉屋の中に入ると、男の人が店長、と肉屋の店長を呼んだ。その人が母さんなのだろうか。
しかし店長と呼ばれて出てきたのは、性別からまるっきり違う、いかつい男の人だった。

「ケイト、よく帰ってきた。イズミが待ってる。」

男の人は、僕の姿を見るとすぐに奥へ引っ込んでいった。先ほどエプロンをつけていたので、はずしにいったのだろう。エプロンをはずした男の人は、ついてこい、といって店の奥へと行く。僕はその後についていった。
店の裏口のところから出て行って、しばらく男の人についていく。男の人が入っていったのは、おそらく自分の家なのだろう。ということは、イズミさんというのが僕の母さんかもしれない人で、この男の人は僕の父さんかもしれないのだろうか。

「お前も入れ。」

と男の人が巨体をむんずと出して、僕を呼ぶ。僕は、うなずいて、家の中に入った。
また男の人についていって、寝室のような部屋に通される。ベッドの上に、女の人がいて、本を読んでいた。病弱なのだろうか、顔が少し青白い。

「体の調子は大丈夫か。」

「ええ、でも元気に動き回れるほどじゃないけど。」

といいつつ、本を閉じた彼女は、僕に向き直った。

「ケイト、お帰り。」

「え、と・・・」

僕は、戸惑う。此処が僕の本当の家なのだろうか。

「どこに行ってたんだい?随分心配したよ。探しても、見つからないし。」

「あ・・・ごめん、なさい。」

「いいから、こっちおいで。」

腕を伸ばされて、僕は反射みたいにその手に触れた。優しく引っ張られて、僕はベッドに腰掛けさせられる。
それから、ふわっと彼女に包み込まれた。外側からじわりじわりとしみこんでいく体温に、僕はゆっくりと体の芯にあった不安とか絶望とかを溶かされている気がした。やっぱり、この人は僕の母さんなのだろうか。
彼女は僕をゆっくりと離すと、男の人に向かっていった。

「あんた、ありがと。」

「俺は店に戻るぞ。後は頼んだ。」

「うん。」

男の人は、やっぱり彼女の旦那さんのようだ。旦那さんは、店に戻っていった。

「さて・・・」

男の人が出て行くと、彼女は少し真剣な面持ちで僕を見つめなおした。

「ケイト、記憶が無いんだね?」

ずばり、言われて、僕はびっくりしつつうなずいた。

「全部覚えていないのかい。」

「ぼ、僕・・・自分の名前も、あなたの名前も、何も覚えてないんです。」

「そうかい。じゃあ、一から話そう。」

そういって彼女は僕に一つずつ話した。
自分がイズミ・カーティスであること。さっきの人はシグ・カーティスであること。肉屋の従業員の人はメイスンということ。それから、僕の家族構成。僕はイズミさんとシグさんの養子として小さいころからずっとこの家にいたらしい。イズミさんが子供が生めない体だからだそうだ。それから、イズミさんは錬金術をしていたから、僕は彼女から錬金術を学んだりしていたようだ。
ここ数日は、僕はイズミさんたちと喧嘩して、壮絶な死闘を繰り広げた結果、家出していたらしい。そして、記憶をなくして此処に戻ってきた。

「喧嘩の原因は・・・?」

イズミさんは錬金術と共に、僕に体術も教えていたから、死闘になったらしい。それほどまでになる死闘の原因が、僕には今の状況を引き起こしているんだとなんとなく分かっていた。
イズミさんは、悲しい表情で僕の頬に手を伸ばす。

「・・・人体錬成だよ。」

僕は思わず俯く。だから彼女は、僕が何かを失ったはずだと考えていたのだ。そして先ほどの僕の戸惑う顔に、記憶が無いことを悟ったのだろう。

「やっぱり、してしまったんだね。」

僕はゆっくりうなずいた。

「つらかったろう。今日は、ゆっくり休むといい。この部屋をでて右にいけば、ケイトの部屋よ。」

僕は、言われるままに部屋を出て、右に曲がり、僕の部屋の入り口らしきドアを、そっと開けた。
部屋の中は、僕の部屋なのかあまりわからなかった。部屋を見れば、少しは人の性格が垣間見えそうなものだけれど、そういうのは一切無くて。要するに生活感が無かった。もしかすると、イズミさんが片付けを毎日したからそうなったのかもしれないけれど、それにしても数日前まで人が此処にいたのだという、そういう雰囲気が無かった。温かくないのだ。部屋の中の温度がとかじゃなくて、その空間自体に、人の温度がない。僕は、イズミさんが嘘を言っていたのではないか、と考えてしまった。僕が目を覚ました小さな家のほうが、もしかしたら僕の家じゃないのか。
僕はそこまで考えて、頭を振った。イズミさんは、いい人だ。どんな理由があったとしても、嘘をついていたとしても。それでいいじゃないか。
あの小さな家は、僕を闇の中へしか引きずり込まない。あの家で人体錬成をしたという事実がある限り、僕にとってあの家は罪と絶望と虚無の象徴だ。
だけどこの家は、あったかい。僕が犯した罪ごと、僕を包んでくれる人がいる。ここが僕の家だと、嘘かもしれなくても言ってくれる。なら、そうであっていいんじゃないか。

僕は、ベッドの上に寝転がってみた。シーツに顔をうずめると、何も匂いがなかった。
ほんの少し、不安で、寂しくなったけれど、やっぱり僕は、イズミさんを信頼したいと思った。




*




いつの間にかベッドでうつぶせのまま眠っていて、次に起きたときには朝だった。
部屋から出ると、イズミさんが朝食を作っている音が聞こえた。昨日は体調が悪そうだったけど、今日は大丈夫なのだろうか。
彼女は僕に気づくと、「おはよう」といって、また料理に戻る。

僕は、おそらく眠りにつくまえ、ぼんやりと考えていたことを口に出した。

「おはよう・・・・かあ、さん。」

びっくりして、手を止めた母さんは、僕をじっと凝視した。

「記憶は、無いけど・・・」

視線をさまよわせる僕を、母さんはちょっと涙目で見つめている。

「でも、僕の母さんと、父さん、なんです、よね・・・?」

言葉を選ぼうと思っても、なんと言おうか考えていなかったのが仇になって、僕はあんましいい言葉がいえなかった。
母さんは僕のほうにまでつかつかと歩いてくると、僕の頭をこつりと拳骨で叩いてから、ぎゅうっと抱きしめた。

prev / next

[ novel top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -