▼ 12 pieces
僕はしばらく大人しくしていることに決めた。エドたちが賢者の石の材料を知れば、きっと怒って騒ぐ。それはロス少尉からの監視をはずせる可能性が高まることを意味する。そうしたら、僕は第五研究所へといける。それにかかる時間が勿体無いのだけど。
僕は彼らの解読を手伝うことにした。少しでも早く解読が終わるように。マルコーさんの研究資料の暗号は解き辛いけれど、僕とエドワードとアルフォンスがいるのだ。三人よれば文殊の知恵。解読スピードは格段に上がるはずだ。
そしてその日、とうとうエドワードたちは暗号を解読し賢者の石の真実を知った。
僕は怒り悲しんだ二人が少しまぶしく見えた。僕は賢者の石に人間が使われていると知って、そのときはショックだったけれど確かその日のうちに仕方がないと割り切っていた。
僕には人の心というものが無いのだろうか。
ロス少尉の部屋の床に寝転がって僕は記憶の札を一枚破る。同じものは何枚も持っているのだ、一枚破ったところでさして問題はない。けれどやはり、開いた穴は埋めねばならないから、後でまた同じものを作る。
細かくちぎった紙片は、ゴミ箱へ。寝転がったままゴミ箱までにじり寄り、手を伸ばして入れる。入れた後はだらんと床に手を戻す。行くなら、今がチャンスなのに。
エドワードたちはきっと、道筋を見失ってしまっている。一時の感情に押し流されて見えていた道筋もぐちゃぐちゃにされた。そんなときやっぱり別の誰かが先行して道を作ってやるのがいいのかもしれない。
僕がしたほうがいいのかな。
僕は床から身を起こす。横になっていたときは頭がぼーっとしていたけれど、体を起こすと少し冴えた。そのまま僕は立ち上がってエドワードたちの部屋を訪ねる。
二回、ノックをするとアルフォンスが対応した。こういうときアルフォンスは兄よりも大人だ。
「どうしたのケイト?」
「とりあえず入っていい?」
中へと通されて、僕はエドワードの寝転がっているソファに無理やり腰掛ける。はいどいたどいた、と足をどかしたとき、ズボン越しに左足の機械鎧の感触をひんやりと感じた。
僕とエドワードは並んで座った。ソファの後ろにアルフォンスが立つ。
「なんだよ。」
「君らが落ち込んでいると思ったから。」
「・・・・」
僕は大きく伸びをして、深呼吸をして、それから話し出した。
「賢者の石は、多大な犠牲の元に作られた。落ち込むのも分かるよ。」
僕は別に慰めに来たわけじゃないから、ついぶっきらぼうに話してしまう。
「だけどさ、それはもう仕方ないことだと思うんだ。材料よりも、前をみろよ。」
「お前な!!」
「ケイト!!」
僕は、思ったことを口に出した。
エドワードとアルフォンスには非情に聞こえただろう。
「事実だ。辛いかもしれないけど、だけどこれが事実なんだよ。」
僕はエドワードから胸ぐらを掴まれながら、そういった。エドワードは右手で僕を殴る準備がととのっていた。
「だからって、賢者の石に使われた人たちの命がどうでもいいっていうの?」
アルフォンスは、僕をまっすぐに睨んでいた。やっぱり、僕にはエドワードとアルフォンスが眩く見える。
「どうでもいい訳じゃない。そうやって、その人たちを思うなら、立ち止まるより先のことを考える方がまだマシだ。」
「それにしたって、そんな言い方はねえだろ・・・!」
ぐっと、エドワードの右の拳がしまったのが分かった。金属同士が嫌にこすれる音がした。
僕は対抗するように言葉を発した。
「言い方なんて、どうでもいい。そんなみみっちいことに気を取られるよりも自分のするべきことを認識するべきだ。」
僕はエドワードが胸倉をつかんでいた手を勢いよく引っ張ってはずした。そして自分自身を奮い立たせて、思うがままに言葉にした。
「君たちがするべきことは何だ。賢者の石の研究を知っただけでとどまっておくのか。違うだろう。その先だ、賢者の石のその先を考えろ。考えて、掴み取れよ。マルコーさんが『真実の奥のさらなる真実』って言ってた。子の意味、しっかり考えろ。」
そこまで言って、肩で息をしながら僕はゆるりと立ち上がった。額に手を当てて、血が上って熱くなった頭を冷やす。
「・・・・明日の夜、十時に待っている。」
僕は部屋を出た。
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