cold body/hot heart | ナノ


▽ 思遣1


神田と娟はセオとアイラを二人きりにして、別れのための時間を設けた。

二人に与えた時間は一時間だった。神田からすれば、一時間も部屋の外で待たねばならないことは耐え難く意義を唱えようとしたほどであったが、娟にひたむきな視線を送られ引き下がった。

娟にはセオに感情移入する理由があり、その理由が切実なものであるがゆえの視線だった。

他人の感情などに普段は意に介すことはない神田でも、自らの意思を押し込めてしまいがちな娟の珍しい様子を無視することはできなかった。そしてそれを気にかけずにはいられなかった。

部屋のすぐ前で待機している間、神田は娟のもつ”理由”に関心を寄せていた。

しかし神田自身、人に言えないものを抱えている手前、そのことを聞くことは憚られた。さらに神田は戸惑っていた。人の事情には立ち入らないのが常であったし、興味もなかったので、娟に関心がある自分自身に驚いているのだ。
実は関心を寄せているどころではない。事情をきき、自分にできることであれば抱きしめ慰めたいとも思っている。

人を邪険にしてばかりのこれまでとは正反対の気持ちだった。

「……、」

いつの間にか、娟を見つめていたようで、娟と目があった。すぐにそらす。

娟が目をそらした神田に視線を贈り続けているのを神田は感じていた。

「……んだよ」

神田が耐えかねると、娟は喋りだした。

「……当時の私にとっては唯一の、肉親だった母が亡くなった時、しばらく、母の雪像を作ってそれに話しかけていました」

ぎょっとして娟を見ると、もうすでにこちらは向いておらず、娟は暗い天井を見上げていた。

「母が埋められた、村の共同墓地からは少し離れたところは、本当に誰もいなくて。私は、母はいなくなったのではなく、生きる場所を変えたのだと捉えることにしたんです」

娟は悲しみというよりは、そこから何か生きる教訓を得たかのように、丁寧に語っていた。

「そのときの私は、冬にしか力を安定して使えなかったので、春になったら母に会えないというのは薄々わかっていたのですが、雪が降って、積もる間は、身を削るほどに、母の雪像をつくって、できるだけ近くにいました。母はここに生きている、と」

会いたい、という消せない強い気持ちなら、神田にもわかる。まるで呪いのように、心を蝕むときさえある強烈な感情だ。
執着からくるものなのかもしれないし、純粋な愛からくるものなのかもしれない。その両方かもしれない。

「でも、アルトが言ってくれたんです。『雪が溶け始めたら、いつお母さんに会えるかわからないよ。そうなって、また悲しい思いをするくらいなら、お母さんも喜べるように、楽しいお別れをしようよ』って。だからつい、さっきあんなことを」

そこで、娟は気持ちの区切りをつけることができたのだろう。

たいして低い場所にあるわけではない頭に、神田は手をおいた。なんどかぽんぽん、と軽くなでてやる。

娟がぱちぱち、と瞬きし、こちらを見上げたが無視しておいた。視界の端で、娟が微笑んで、神田はその笑顔を無性に見たかったが、プライドが邪魔して直接はみることは叶わなかった。

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