▽ 姉弟1
「じゃあ、中央庁はそれを知っていて娟を襲おうとしたんですか!?」
コムイの言葉に一番に反応したのはアルトだった。繋がれていた自分の手が痛いくらいに握り締められて娟は少し背の高いアルトを見上げる。
「わからない。探索部隊からこの資料を受け取ったのがつい先日のことで、すぐに提出はしたけど、いつ上層部まで届いたか・・・」
コムイは娟が襲われる可能性を考えてすでに資料を送っていたようなので、娟はほっと息を吐く。完全に安心していいわけではないが、可能性が減ったからだ。しかしアルトは未だ娟の手を握りしめている。痛いと訴えようと思ったが、娟はやめた。そうすれば、アルトはきっと手を離してしまうからだ。痛くても娟は心の寄る辺が欲しかった。
「アルト、大丈夫だから。」
娟は痛いと訴える代わりにアルトに気を静める言葉をかける。アルトは幾分か手の力を緩めた。そして娟の方を見て悲しそうに眉尻を下げる。
「ごめん、痛かったよね。」
冷静になったのか、娟の考えていることに気がついたアルトは娟の手を握りなおした。しっかりと、けれど痛くないように。不安を少しでも和らげようと互いが互いに相手を必要としていた。
「神田君のことに関しても、中央庁から何もないから、大丈夫だとは思うけど、安心はできない。」
コムイの言葉に話を聞いている全員が頷いた。
「兄さん、一応娟の近くに誰かが常にいた方が言うと思うわ。」
「うん、そうだね。あとアルト君にも。」
「どうして僕にも?」
「君もイノセンスが遺伝子に寄生しているから、娟君ほどでないけどその可能性があるだろう?」
「あ・・・確かに。」
アルトが納得しているのとは裏腹に娟は抵抗感を抱いていた。
リナリーの発言は、到底娟には思いつくはずのないものであったしいいアイデアだとも思う。しかし娟は自分の身は自分で守れるとも思っていた。確かに自分は身体能力は大したことはないが、身を守るために氷の壁を作ることができる。だから誰かを娟のためにつける必要などないし娟は正直言って嫌なのだ。迷惑をかけるという感覚が強くて、できるなら避けたいことであった。
ただ、やはりその意見を言おうとすると娟が口下手であることがそれを邪魔する。娟の発言のたびにワンテンポ会話が遅れてしまうことは娟にとってとても申し訳なさを伴うことであった。
と、アルトと手を繋いでいる反対側の方から苛立った深いため息が聞こえた。ため息の持ち主は神田である。
「お前、いいてぇことあるなら言えよ。」
神田が周囲に聞こえるような声で娟に言葉をかけた。娟のためにわざとそうしたようにも聞こえるわざとらしい声だった。そのおかげで話を進めていたコムイたちが娟に視線を注ぐ。娟は一度顔を神田の方へとあげ、その瞳と全員を交互に見比べた。気だるげな神田は面倒だから早くしろ、と顎を動かし娟を急かした。
娟は少し口籠りつつゆっくりと喋った。
「リナリーちゃん、ごめんなさい。でも、私自分の身は自分で守れるよ。」
リナリーの意見を否定してしまうことで申し訳ない気持ちが広がっていく。娟は思わずうつむききゅっと唇を引き結んだ。リナリーからの反応が怖かったのである。
「あ、私こそごめんね。勝手に話を進めちゃって。」
「そんな、だって私がこんなだから・・・」
娟はわかっていた。娟が頼りないからリナリーのような発言が出てくるのだと。リナリーが謝る必要などまったくなかった。ただ、自分の頼りなさを自覚させられただけだ。
「今回の事件、中央庁に確認しないと何も解決策が見つからない。とにかくきちんと確認を取ることにする。それからまた結果を伝えるからそれまで十分に気をつけていてほしい。」
コムイのこの言葉で、この集まりは終わりを迎えた。
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