▽ 聖戦1
娟が助けを乞うた瞬間から、神田は本当の救世主となった。
「何があった。手短に話せ。」
「鴉の人に、襲われそうになってて、でもなんとか逃げ出してっ・・・」
娟はなんとか嗚咽を堪えて事情を説明した。神田が現れた瞬間から、堰を切ったように嗚咽が止まらないのだ。喉奥で変な音がするが、そんなことかまっていられない。
「この向こうか。」
娟は頭を必死で動かして頷いた。
もう顔以外のすべての四肢が動かせないため、唯一どれほど自分が助けを求めているかを表せる場所がそこしかなかった。
「はっ、絶好の機会ってやつか。」
神田はぽつりとそう呟いた。意味のわからない娟は神田を不思議そうに見上げる。
「すぐ片付ける。」
神田はそう言うと、なんのためらいもなくドアの向こうへと姿を消した。
娟の嗚咽がようやく収まった頃、息すら乱れていない神田が再び現れた。任務による土埃以外、まったく汚れたところがない。なんて強いのだろう、と娟は神田の立ち姿に眩しさを覚える。
「おい、いつまでそんな無様な格好してんだ。」
娟が札のせいで動けないことを知らない神田が娟を見下ろした状態で言った。ここで、手を貸す、などしないのが神田らしい。アルトであれば、ここで手を差し伸べるか何かしてくれただろう。
「この札・・・外してくれませんか。」
娟は自分の左腕に視線をやった。神田はそこでようやく、娟が札のせいで動けないことに気がついた。
びりり、と神田に素早く札を外してもらう。すると娟の体は今までの焼けるような痺れが嘘だったかのように動けるようになった。体も軽い。
「助けてくれて、ありがとうございます。」
娟は涙で濡れた顔を拭いて、深々とお辞儀をした。
「で、こうなった原因はなんだよ。」
「私も、よくわからなくて、ただ、アルトが私に隠してることが原因だと思います。」
「・・・」
神田は考え込むように沈黙した。娟には神田の考えていることはわからないが、きっと神田には思い当たる節があるのだろう。
「チッ、コムイのところに行くぞ。」
沈黙の後神田が急にコムイのところへ向かうと言い出すので、娟は驚いた。全く文脈のない言葉だった。
「えっ、どうしてですか?」
「馬鹿かてめえは。このことを報告しに行くんだよ。隠し事はその後だ。」
娟は自分の質問に馬鹿かと返されて少なからずショックを受けた。確かに少し考えてみればわかることだったからだ。アルトの隠し事について悩むより先に、コムイにこの一件を報告すれば、コムイが調べてくれるはずだ。もしくは、すでにアルトの隠し事を知っていれば、そこから情報を引き出せる。
神田は、先ほどの沈黙でそう結論を出したのだ。
「おい、置いてかれてえのか。」
娟がショックを受けているうちに神田はすでに歩き出していた。
娟は神田を慌てて追いかける。
彼の背中を追ううちに、娟はこう思った。この人の背中は、なぜこんなに堂々としているのだろう。なんて、かっこいいんだろう。どうやったら、あんな風になれるのだろう。と。
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