▽ 聖戦2
なんでも思ったことを口に出せるということが、娟には羨ましかった。
幼少のころから声を出さないようにと努めてきたせいで、娟は自分の言いたいことを胸の内にしまい続けてきた。そもそも、声をだすということから控えてきたので声を出すこと自体が躊躇いを生む行為である。イヤリングという、枷でありながら彼女に声の自由を与えるものを、今は手にしているけれど、それでも既にそういう内に秘める"習性"がすぐになくなるわけではなかった。
娟は今、隣で率直な物言いをしている神田が羨ましかった。
「はっ、てめえ知らなかったのかよ。」
「・・・・」
この口の悪さは除いて、だけれど。
娟は神田の知らない部分に関して自力で説明をした。前述の理由から長々と話すのが得意ではない娟は、相当な忍耐を神田に強いていたようで、神田がわかるところまで話すと(といってもほとんど最後あたりまで)、神田がさっさと娟から説明の主導権を奪った。それからはほとんど神田とコムイの会話である。
そして現在、中央庁が娟に行おうとしたことに関してコムイが全く知らなかったことが判明したところだ。
「今まで教団がしてきたことを考えればこうなることは予測できたはずなのに・・・・すまない。」
「今回は、未遂だったし大丈夫ですから・・・!」
心底悔やみながら謝るコムイを娟は慌てて止めた。今までアルト以外から受けてきた態度の中に謝罪など一切なく、慣れないせいかどうしていいかわからなくなる。
「で、何が原因だよ。」
コムイの口ぶりから、もうすでに彼が秘密を知っていることが伺えて、神田が娟の代わりに尋ねる。神田はただ、これからも任務でともに行動する可能性のある相手のことを今後のために知っておきたいだけなのだろう。娟のために、彼女の代わりに聞いたわけではなく、知りたいが娟に任せておくと苛立つため代わりをつとめている。そんなこと娟は分かっているが、それでもありがたく感じる。
「以前、僕が君のイノセンスの仮説を立てたのを覚えているかい?」
その問いに娟は首を振り、神田は頷いた。
「その時こいつは寝てただろ。」
話の内容が理解できず不思議がる娟に神田が説明をする。コムイはそうだった、と思い出して娟に自分の仮説の説明をした。
「遺伝子に、イノセンスですか・・・」
娟は真面目に聞いていたつもりだったが、遺伝子にイノセンスが寄生していることと、アルトの隠し事、そして今回の事件がどう結びつくのかが未だ理解できない。神田の方をちらりとうかがうと、神田もまだ理解していない様子だったので、娟はほっと胸をなでおろした。もしここで神田がわかっていたら、自分の勉強不足をまたもや思い知らされるところであった。
「そうなんだ。そしてそれはアルト君も同じだった。」
「え、あ・・・」
「ただ、イノセンスが寄生している場所が同じっていうわけじゃない。遺伝子検査をしたところ、君らは姉弟だということがわかったんだ。」
娟は目眩がした。コムイが入っている意味がわからなかったからではない。今まで娟が不思議に思っていたピースが全て一気につながって、その衝撃に耐えられなくなったからだ。
「実は、アルト君から話を聞いて、それをまとめた資料がここにある。」
コムイは紙の束を娟に見せる。誰かが握りしめたようなしわが入っていた。
「アルト君が確認のために読んだ後、娟君には秘密にしてくれって、頼んだんだ。」
娟はアルトの頼み込む姿が容易に想像できた。
資料を握りしめながら、きっと彼は何度も深くお辞儀をしたはずだ。必死に娟には知られまいと。本当は資料など破り捨ててしまいたかったに違いない。それでもしなかったのは、そしてこの資料を教団側へ預けたのは、一体何のためだったのだろう。そしてまだ、肝心な今回の事件との関連が明かされていない。
娟がそのことを問おうとするより前に、神田が口を開いた。
「おい、そこまで言って、詳しいことをこいつ以外に明かさない気かよ。」
「いや、これは神田君たち他のエクソシストにも関わることだから、いつかは全体で話そうと思ってたけど、デリケートな内容が含まれていたから、アルト君から了解を取るのに時間がかかったんだ。」
「デリケートな、内容、ですか・・・」
「うん。きっと、娟君も聞くのは辛いだろう。もし、嫌なら先に資料を読んでから考えてくれてもいいよ。」
「・・・いえ、たぶん大丈夫です。」
娟は本当はちらりとでも資料をみて考えたいと思ったけれど、コムイはアルトからの了解を取るのに時間がかかったというし、コムイに手間取らせて迷惑をかけるのはよくない、と、自分が我慢をする方を選んだ。
娟は少し痛い視線を感じた。隣に立つ神田からだ。
「・・・?」
娟は首を傾げた。どうしたのか、と神田に無言で問う。
神田は答えず、それどころか舌打ちをして目線をそらした。娟には、神田が何かに苛立っていることは分かったが、それが自分の一体何に対してなのかがわからず、困惑するばかりであった。
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