此処にひとつの心臓があります | ナノ




此処にひとつの心臓があります


「神田様。」


目を開けると、すぐに神田様が視界に映った。私は正座で神田様に向き合っていた。相変わらず彼はティキに心臓をつかまれた状態だ。私は微笑みかける。


「何してきたのロード。」


「ちょっとティッキーは黙ってて。」


ロードはいよいよこの世界がなくなることを分かって、私の邪魔をさせないようにティキを黙らせた。
アレン様と神田様が私たちの様子に何が起こったのか警戒している。


「この幻の世界での記憶が、残ってくれると、いいのですけど・・・」


「何を言ってるんだ。」


私は手に持っていたイノセンスの宿った苦無をいったん目の前において姿勢を正した。


「この世界は幻なんです。私が作りだしてしまった幻の世界。私の死ぬ前の後悔のせいで、長い長い一瞬の時を皆に過ごさせてしまった。」


「だから一体、何の話を、」


私は神田様を手で制し、話し続ける。どうか、私のこの言葉だけでも記憶に残ってくれますように。


「・・・私本当はわかってました。神田様が、リナ様にやきもちを焼いていたと。でも私にとって、リナ様は唯一の人でした。神田様と同じくらい、愛しい人でした。だから神田様が、やきもちからとはいえ、リナ様に冷たいのが辛かった。私なりになんとかしたかったんです。そうしたら、神田様は本当はそんなつもりないと分かっていたのに、心無い言葉に無性に腹が立って、悲しくて・・・ごめんなさい、神田様。どうか私の気持ちを分かってください。」


神田様は、私が何を言っているのか全く分かっていないようだった。それでいいと思った。この幻から覚めたとき、一瞬だけでも思い出してくれればそれでいい。


「神田様、私は、ずっと神田様を愛しています。私の全ては神田様のものです。たとえ、心臓を、目を、魂を取られてしまおうと、私の実体がなくなってしまおうと、私は神田様だけのものです。」


「おい、そんな遺言みてぇなこと言うな!」


「遺言ですよ。」


「!!」


私は精いっぱい神田様へ笑顔を向けた。最後の最後まで神田様の姿を目に焼き付けておきたいのだけれど、涙が干上がらない限り、難しそうだ。

私はおぼつかない手で、苦無を手に取る。


「おい、やめろ!柴乃!」


「柴乃さん!何を!やめてください!」


神田様に加えアレン様まで止めようとしてくれている。私は涙を拭き、次の涙があふれてくる前に神田様の瞳と、アレン様の瞳をしっかりと記憶にとどめ、イノセンスを発動させた。


「さようなら。」


胸に突き刺した苦無は、不思議と痛くなかった。ただ、胸の内から温かな光が噴き出すのが涙ながらに見えた。




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気が付くと、ティキの顔と青く澄みわたる空があった。


「はれっ?」


胸には、ティキの手が入っているのか感じるはずのない違和感がある。


「なんだ、け・・・あれ、あ・・・そうだエクソシスト。」


ティキが私の顔を見たあと、私の来ている服に気が付きようやく自分が何をしていたのか思い出した。どうやらティキは私の作り出した幻の世界のことを全く覚えていないようだ。


「そうだ、なんか最後に言いたいこととかねぇ?」


きっと気まぐれなのだろう、最後に言いたいことを聞いてくれるなんて、この男にしては慈悲深い。


「・・・あなたは本当の意味で私の心臓はとれない。」


私はこの状況下で心臓をティーズに食われてしまうと分かったので、皮肉交じりの一言をつぶやいた。


「ははっ・・・ま、そーだよな。」


ティキはそう言って笑った。目は笑っていなかった。


「それじゃ、ばいばい。」


私は、殺される瞬間目を閉じた。

ティキは何も覚えていなかった。けれど神田様はきっと私の最後の言葉は覚えている。そんな確信が私にはあって、死んでしまう瞬間なのに、なぜかとても安らかだった。




此処にひとつの心臓があります



輪廻というものがあるなら、いずれまた

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