たまには強引に奪ってよ


年に数回行われる、懇親会という名目の寄付金集めのパーティー。
主に参加するのは調査兵団内でも中堅以上の兵士達で、その中でもマホは年齢を重ねているので当然だが、群を抜いて参加回数が多い。
何度も参加していれば、高貴な身分の面々でも随分と馴染みになっている者もいて、それは時に気楽であり、時にマホに重く圧し掛かる。
今宵もまた、1人の貴族が執拗にマホに詰め寄っていた。

「もう充分兵士として働いただろ?引退して第2の人生を満喫しないか?」

相手は60近い小太りの男で、半年前に妻に先立たれたという。マホがその男を見知ったのは10年以上前になるが、当時からやたらと構ってくる男であり、隣に気品の良い妻がいても冗談混じりで口説いてくる事もあったので、マホからすれば少々苦手な相手でもあった。
勿論それを悟られないようにスマートにやり過ごしてはいるのだが、妻に先立たれたという理由も手伝ってか今日はいつも以上にしつこく絡んできている。
それも、調査兵団を引退して自分の後妻になれと迫ってくるものだから、ますますマホはやり辛さを覚えていた。

「お気持ちは嬉しいですけど、私なんかじゃとても務まりません」
「何も心配する事は無い。もう息子達も結婚しているし、ワシもそろそろ隠居して後の事は息子達に任せようと思ってるんだ。どうだ?兵士を辞めて広い屋敷で悠々自適な生活、悪くないだろ?」

酒臭い男の息から逃れる様に、マホは手に持っていたグラスの中身を喉に流し込んだ。
取り繕う笑顔が、頬の筋肉をピクピクと震わせる。

「もう、兵士としても寿命だろ?君はもう若くない。今から結婚して子供を設けるのも難しい。ワシと結婚すればこの先は一生安泰だぞ?」
「私は、民に心臓を捧げているので……」
「なら、民であるワシにその身を捧げろ。勿論調査兵団への寄付は変わらず続けるつもりだぞ、ワシは」

例えばこんな時、結婚していれば……いや、結婚はしていなくとも恋人でもいれば、もっとスムーズに断れるのだろう。
この男に興味も魅力も感じてはいないが、自分自身が兵士としても女としても、限界が近い事は分かっていた。まだもう少し若ければ、あんな言葉など気にもせずスルー出来たが、今のマホには、無駄に胸に引っ掛かってくるのだ。
死ぬまで兵士として戦うつもりだった。勿論それは今も変わらない。けれども、心臓よりも先に身体が動かなくなれば、もう兵士として戦えない。そうなった時に自分は何処で何をすれば良いのか。
何を目的に生きれば良いのか。
その時に隣に誰か居てくれればー……

ス……と、手からグラスが抜き取られてハッとしてマホは顔を上げた。

「なんだ?」

少し不快そうな男の声とー

「失礼。ご存知の通り彼女はもう“若くない”。余り深酒をすると明日に響くので」

いつの間に隣に来たのか、グラスを手に取り、グイと腰を抱いてきたリヴァイの姿が、不覚にもマホの胸をドクンと高鳴らせた。

「な、ならそのグラスを持って向こうに行け。ワシは今、マホと大事な話を……」
「いや、彼女も連れて行く」
「なっ!?何だ貴様は?無礼じゃないか!?」
「大事な兵士を口説かれるのは困るので。彼女はまだまだ調査兵団に必要な人間だ」

男が反論する前に、リヴァイはグイとマホの腰を抱き寄せてそのまま回れ右をして、半ば強引にその場を離れた。


「ああもうビックリした。絶対あの人怒ったわよ。もう寄付してくれないかも」

調査兵団専用の控え室で、リヴァイから手渡された水を一気に飲み干してからマホはそう言うと、ドサリ、とソファに腰を下ろした。
「知るか」と吐き捨てて、リヴァイも水差しからグラスに注いで喉に流しこむ。
いつも不機嫌そうではあるが、今日のリヴァイは更に眉間の皺が深く刻まれており、マホは肩を竦めて笑った。

「何が可笑しいんだよ」
「えっ、あー…いや。何かリヴァイがヤキモチ妬いてるみたいでさ」
「……妬いてるかもな」

茶化すんじゃなかった、と早速の後悔がマホの胸を逸らせる。
真っ直ぐに見つめてくる瞳がいやに真剣味を帯びていて、これに呑まれてしまったらダメだ、と思う気持ちと、いっそ呑み干してくれと思う気持ちが交錯する。
付き合いが長ければそれだけ相手の事を知るようになる。そして、相手が自分をどう思っているのかも何となく分かる。
仲間としてなのか男女としてなのかは微妙であれど、リヴァイが自分に対して抱いてくれている好意を気付かない程の浅い関係では無い。

もしも確証が持てたら、何か変わるだろうか……

「妬いたなら……」
「あ?」
「『これは俺のモノだー』ぐらい言って連れ去ってくれたら良かったのに」
「……そうしても、良かったのか?」

ソファの背凭れに両手を付き、腰掛けているマホを腕に閉じ込める体勢で、グッとリヴァイは顔を近付けた。
真っ直ぐにこちらを見つめてくるグレーの瞳に吸い寄せられそうで、マホは思わず息を呑んだ。

例えばこのまま、強引に奪ってくれたらー……

そうする事は簡単な様で、実に難しい。

浮かんでくる煩悩を振り払うように、マホは首を振った。
トン、と軽く、リヴァイの胸を拳で突けば、簡単に彼の手は背凭れから離れた。

「駄目、に決まってるでしょ!人類の希望の兵士長様が母親みたいな歳の女とロマンスなんて、大問題よ」

それはまるで自分に言い聞かせているようで、マホはパンパンと両手を払い叩きながらソファから立ち上がった。

「母親程も離れてねぇよ……」

控室を出ようとした時、背中から聞こえてきた拗ねた様な声に、マホの顏から思わず笑みが零れた。

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