他の奴にはそのカオ見せるな
「えほうまき?」
食卓に人数分並んだ巻き寿司を見て怪訝な顔をしてるリヴァイさんに、恵方巻きのなんたるかを説明すること早五分、なんとなく理解してくれたらしく、複雑な顔をしながらもリヴァイさんも皆に倣って太巻きを1本、手に取ってくれた。
「今年の恵方は西南西です」
言いながらアルミンは方位磁針を食卓に置いた。
「食べる間は喋っちゃいけないんだよな?」 「そうですよコニー!去年みたいに話しかけてこないで下さいよ!!」 「確かにコニーとサシャは煩かったよな。エレンはボロボロ零しながら食ってたし……」 「はぁ!?何言ってんだよジャン!お前こそ、食ってる時鼻息荒くて俺、笑い堪えるの必死だったんだぞ!」 「大丈夫。エレンが零しても私が全部片付ける」
そう、去年の節分は、学生住人達にとっては初体験で、色々と大変だった。 コニーは太巻きを口に付けた瞬間から喋り出すし、サシャも釣られて喋っちゃうし、ジャンは必死でかぶりつくあまり馬みたいに鼻息荒くしてるし、それを見て堪えきれず噴き出したエレンはボロボロ具を零しまくるし、それを拾ってミカサは食べ出すし、アルミンは最後の最後で喉を詰まらせて涙目になってたし…………。 しかもその後の豆撒きは何故か鬼のコスプレをしたハンジさんが乱入してきて、大変な騒ぎになったし……。 まあ今年は幸い、ハンジさんは用事があって来れないらしいし、学生住人達も去年みたいにワタワタしてない。リヴァイさんも、怪訝そうにはしているけれど一応主旨は理解してくれてるみたいだし、滞りなく済みそうだ。 アルミンが置いた方位磁針が射した西南西は丁度私が座る向きで、皆一斉に私の方に身体を向けるので私も巻きずしを手にクルリと身体を180度回転させた。
「じゃ、じゃぁ皆、せーの、で食べよう!リヴァイさんも大丈夫ですか?途中で噛み千切っちゃ駄目ですよ?」 「意味が分からん。何で巻き寿司を丸かぶりする事が縁起が良いになるんだ。行儀が悪いだろうが」 「そ、そういう風習なんですよ。とにかく食べましょう!あ、お願い事をしながらかぶりつくと良いんですよ」 「縁起が良いのか願掛けなのか、どっちかにしろ。ややこしい」 「もう、いいから食べて下さい!じゃぁ……せーのっ……」
グチグチ言うリヴァイさんに付き合ってたら何時までたっても太巻きを食べれ無さそうなので、半ば強引に話を終わらせて丸かぶり体勢に入った。 私の号令を合図に、シィ……ンと室内は静まり返り、静かな咀嚼音だけが僅かに耳に届く。
願い事……。無いわけじゃないけど、それを願う事はいけない気がする。 七夕の時も、短冊に書いた願い事は笹の葉に飾られないままくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだんだっけ……。
そんな事を思い出しながら特に何も願わないままに咀嚼を続けていたのだけど、左隣から突き刺さる様な視線を感じ、どうにも落ち着かなくてチラリと横目で見てみれば、太巻きを手に持ったままのリヴァイさんが物凄い目付きで私を睨んでいた。 何事かと思うものの、かぶりついている太巻きを噛み切る事も、何か喋る事も出来ない。 というかリヴァイさんはまだ太巻きにかぶりついてもいない。まぁ、日本特有の風習なわけで、それを強要するのもアレなので放っていたのだけど、太巻きを両手で包むようにして持っていた私の手首が突然ガシッと掴まれた事で、放っておけない状況になった。
「~~~~~~!?」
言葉を発せない代わりに、文句有りげな顔をリヴァイさんの方に向けてみたのだけど、もっと文句有り気な顔を返されて、危うく太巻きを喉に詰まらせそうになった。
「おい、マホ。今すぐ食うのを止めろ」 「~~~!?!?!?」
リヴァイさん以外の全員の頭にハテナマークが浮かんでいたのは間違いないだろう。 「グフッ」「ゴフッ」なんて声もどこからともなく漏れてるし、私も太巻きを口に咥えた状態で、それ以上食べ進める事も出来ずに、目を白黒させていた。 そんな私の手首を掴んだままリヴァイさんはガタッと立ち上がった。
「もういい。そのまま食うなら場所を変える」 「~~~~~~!?」
一体何を言ってるんだろうかリヴァイさんは……。
そんな私の不安を余所に、ヒョイとリヴァイさんは私の体を担ぎ上げてきた。 いやもうこの状況は声を出してしまっても良いんじゃないだろうか……と思いながらも、やっぱり太巻きを噛み切る勇気が出ない。 目を真ん丸くしながらひたすら太巻きの咀嚼を続けている学生住人達の姿を目に焼付けて、私の体はリヴァイさんに担がれたままリビングを後にした。
何となく予想はしていたけど、リヴァイさんに連れ込まれたのは私の自室で。 ベッドにポンと座らされて(ここでちゃんと向きを西南西にしてくれたあたりは流石はリヴァイさんだと秘かに思ってたり)、私の口元を睨みながらリヴァイさんは言う。
「此処で食うならいい。早く食え。他の奴にはそのカオ見せるな」
もう一体何がどうなってるのか。よく分からないけれど、リヴァイさんも真面目に太巻きにかぶりつきだしたので、私もようやくと丸かぶりを再開した。 2人分の咀嚼音がしばらく続き、ようやく口の中が空になったところで、私は隣で涼しい顔をしているリヴァイさんに抗議の声を上げた。
「リヴァイさん!?ほんと、何してくれてるんですか!?」
恵方巻きの丸かぶりの最中に、運び出された人間なんて日本で私だけじゃないだろうか。 かろうじて声は出さず、太巻きを噛み切る事も無かったけど、縁起が良くなるとは到底思えない。
「あ?ガキ共がいる前であんな食い方するのが悪い」 「はい?意味が分からないんですが……」 「分かってねぇのはてめぇだ。そもそも女が人前でモノを咥え込むな。何考えてやがる」
そんなリヴァイさんの文句を聞きながら、私は心の中で(貴方こそ何を考えてたんですか)と、秘かに思うのだった。
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