浮かぶのは君の笑顔ばかり


「リヴァイ。大丈夫か?」

今日の業務を終えて、立体起動装置を体から取り外していたら、フッと背後より降懸ってきたデカイ影が、そう俺に問う。
手を休めずに首だけを後ろに向ければ、カッチリと七三に分かれた偽物くさい金髪の主が青い瞳で俺を見下ろしている。見上げなければしっかりと顏が見えない身長差に舌打ちして、けれどその内心は悟られない様にと敢えて冷静な口調で俺は言った。

「何がだ。訓練中に不手際は無かったはずだが?それともお前の目から見たら俺は全くの役立たずだったか?エルヴィン」
「……いや。お前の動きに問題は無い。だが、たまに集中が途切れてる時があった気がしたが……」

相変わらず勘の鋭い男だ。呆れるのは、それだけよく気付く人間でありながら、自分に向けられる好意の視線には全くの無頓着という事だ。

「気の所為だ」
「……そうか。だがもし何かあるなら、相談してくれ。お前は今、調査兵団にとって……いや人類にとって、欠かす事の出来ない存在だからな」

ポン、と俺の肩に乗ったエルヴィンの手は、鉛の様なズッシリとした重さを感じた。
二度、俺の肩を叩いた後、ニコリと笑って離れて行ったエルヴィンの、デカいデカい背中を見送りながら、フン、と俺は鼻を鳴らした。

俺に助けを求めて来たあの時から、守ると決めた存在。
目で追えば、その視線を辿れば、自然と分かる彼女の想い人。
邪魔するつもりも気を惹かそうとするつもりも無く、ただただ見守ってやろうと思っていた。
嫉妬も独占も無い。無いはずだ……。
ただ、アイツを探して視線が捉えた姿が、エルヴィンという男の前で、俺には見せた事も無い笑顔で笑っているマホの姿が、悔しい程に綺麗で頭から離れないのだ。

例えば俺にその笑顔が真っ直ぐ向けられたのなら、強く抱き締めて二度と離さないと誓っただろう。
それなのにその笑顔を向けられた相手は、全く何も気付かないなんて、とんだ皮肉だ。

俺だったら…………



「リヴァイ、起きた?」

ハッとして目を開ければ、その声と共にマホの顏が視界に飛び込んできた。
パチパチ、と瞬きをしても消えないそれはどうやら幻ではないらしい。
薄ぼんやりと覚醒していく意識をゆっくりと繋いで行って、自分の部屋のベッドの上に居る事、隣にはマホが居る事、そして、朝が来たのだという事がようやくしっくりと脳内に収まって、「……ああ」と、掠れた声を何とか絞り出した。
昔の夢を見ていた所為か、喉がカラカラに乾いている。
モゾモゾと上体を起こす俺に合せる様にマホも体を起こした。

「水、飲む?」

俺が返事をしなくとも分かっているといった感じで、マホはサイドテーブルに置いてある水差しからグラスに水を注いで、はい、と俺にグラスを手渡してくる。
窓から差し込む陽射しが、グラスの中の水をきらめかせ、そのキラキラとした光に照らされたマホの顏は、息を呑む程に綺麗な……

「ふぇっ!?うわっ……」

瞬間、反射的に伸ばした手で強くマホの身体を抱き締めた所為で、彼女が手に持っていたグラスの中の水がピチャッと音を立てながら跳ねて、布団に、俺の背中にと激しく零れ落ちた。

「も……リヴァイ!零れちゃったじゃん!!」

不服そうな声を黙らせる様に、更に強く抱き締めれば、諦めた様にマホも体の力を抜いて俺の全てを委ねる様に凭れかかってきた。

「どうしたの?怖い夢でも見たの?」
「……そうだな。今の俺には怖い夢だった」

朝の陽射しに照らされたベッドの上、手に入れた幸せを絶対に逃がさないと俺は強く胸に誓った。

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