何て書いたか当ててみて
「ねぇ。まだ終わんないの?」
部屋にやって来て僅か10分もしないうちにそんな事を言いだしたマホに、リヴァイは黙ったまま書類をまた1枚、捲った。 自分の恋人は少々面倒臭い。 同じ調査兵団に属しており、リヴァイが兵士長という立場で多忙だという事は理解しているはずなのに、相手にされないと拗ねる。 今日だってそうだ。 久々の休暇日、一般兵にとっては楽しい一日だろうが、リヴァイにとっては溜まりに溜まった書類業務を片付ける絶好の日だ。それは勿論マホにもちゃんと伝えてはいるが、朝食が終わるやいなや部屋にやって来ては、“早く何処か連れてって”と言いたげな顔でソワソワしているのだから、こういう時は無言を貫くのが一番だと、ひたすら書類作業に没頭していた。 この量なら昼には終わる。終われば何処か連れて行ってやろうという計画も秘かにリヴァイの中で立ててはいたが、それを先にマホに言ってしまうと、それこそ1分おきに「まだ?」と言ってくるだろう事は目に見えていた。 それぐらいマホは面倒臭い。 もう少し若い頃なら、こんな面倒臭い女はサッサと別れていたはずだ。 それなりに歳を取ったからか、それともマホの魅力とやらに取り込まれてしまってるのか、はたまた慣れか……面倒臭いと思いながらも別れたいとは微塵も思わなかった。 何だかんだと言っても、リヴァイの仕事が終わるまではちゃんと待ってはいるし、恋人の時間を過ごしている時は本当に幸せそうにしてくれる。 そんな姿を見せられて、愛情が沸かないわけがないのだ。 もう少し、我慢をする事を覚えてくれたら本当に申し分無いのだが……。
ソファの上でクッションを抱き抱えて三角座りしていたマホは、スタン、とおもむろに立ち上がり、執務机に向かっているリヴァイの方へとチョコチョコと近付いた。 そんな恋人の行動に気付いていながらも、変わらず視線は書類へと向けているリヴァイに、ムゥとマホは軽く頬を膨らませて、彼の背後でヌッと立ち止まった。 立てた人差し指をリヴァイの方に向けて、ゆっくりと伸ばしている。 背後にマホの気配を感じながらも、彼女の次の行動が読めず、書類への意識が少し削がれた時、ツツツ……と背中に走った感覚の気持ち悪さにビクっとリヴァイは小さく肩を上げた。
「……おい。何してやがる」
流石に無視出来ずそう突っ込めば、クスクスと嬉しそうな笑い声が背中から聞こえてきた。 その間にも、しつこく背中を這う感覚は止まらず、「おい……」と少し苛立った声をリヴァイが上げれば、ようやくマホは背中に当てた指を止めた。
「何て書いたか分かる?」 「あ?」 「今、文字書いてたの」 「……お前、俺の邪魔をして楽しいか?」 「だってリヴァイが無視するから……」 「終わるまで待ってろよ」 「…………」
少しの沈黙の後、再び背中に指が這う。
(ア)
それは先程よりも気持ちゆっくりで、文字を書いているのだとしたら丁寧で優しかった。
(イ)
書類を捲ろうとした手を止めて、
(シ)
背中に意識を集中させていたリヴァイが小さく溜息を吐いたのと、
(テ)
マホの指が背中から離れたのはほぼ同時だった。
(ル)
「……くだらねぇ」
ボソ、とリヴァイが告げた言葉に、マホは不満気に眉を歪めた。
「『俺も』ってゆってよ〜〜!!」
毎度の遣り取りを適当に流すリヴァイは、彼女にしか見せない優しい表情で、けれどもそれを見慣れた彼女は気付かない。
「大体ね、リヴァイは私に対する態度が冷たすぎるよ!!」 「……マホ」 「何よ!今更謝っても−……」 「昼飯、何食いたいか考えとけ」 「…………っ、う……うん」
それでも、ちゃんと愛されてる事には気付いている。 作業のペースが上がったリヴァイの姿に、幸せそうにマホは笑った。
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