口移し
ここ最近の雨続きでせっかく咲いた桜もほとんどが散ってしまったけれど、それでもまだ咲いている場所は咲いているもんだ。 朝早くからアパートを訪問してきたエルヴィンさんを迷惑だとは思ったものの、今年は出来そうに無いかと思っていたお花見を敢行出来た事には感謝せざるを得ない。 学生住人達も嬉しそうだし(まぁ、サシャに至っては花より団子状態だけど)、私自身、こんな風に日本の文化に触れる事が大家になってから格段に増えて妙に新鮮なのだ。
「ナナバ。将来子供が出来たら『サクラ』という名前にしようと思ってるんだ」 「そうですか。まず相手を見つけて下さいね」 「いやぁやっぱり、桜の木の下で飲むビールは最高だね!!」 「ハンジ教授……この間、研究室の中でコッソリ飲むビールは最高って言ってましたよね?」 「おいミカサ。もうちょっと桜の側に寄れよ。写真撮って俺の家に送るから」 「エレン。写真ばかり撮ってないで、早く食べないと……サシャが貴方のお弁当を狙ってる」 「はっ!?な、何て事を言うんですかミカサ!私は、違いますよ!!ただ、少しだけ貰ってあげても良いかもと……」 「お前……さっき1人で桜餅5個食ってただろ……。どんな胃袋してんだよ」 「ジャン。サシャの胃袋について深く考えるだけ無駄だぜ。……ほら、サシャ。俺もう食わねぇから残り食べていいぞ」
皆の会話を聞いてたらそれだけで何だかほっこりした気分になるし、それに……。 チラリと隣を見遣れば、ハンジさんに無理矢理渡された缶ビールに口を付けているリヴァイさんとバチッと目が合った。
「何だ。お前も呑むか」 「えっ!?いらないです、すみません」
さっきからハンジさんに何度も無理矢理渡されそうになったビールを断っている私を見ているはずなのに、相変わらずのとぼけたリヴァイさんの言葉に逆にこっちがあわあわしてしまう。
でも、ちょっと憧れてたのだ。 恋人とお花見っていうものに。 学生住人や、エルヴィンさん、ナナバさん、ハンジさんも此処に居るけれど、それでも私の隣には当たり前の様にリヴァイさんが座っているという図は、照れ臭くて、嬉しい。
「何でいらないんだ。マホ。お前、酒が嫌いなわけじゃないだろ」 「いやまぁそうですけど、強くは無いですし、皆さんのペースに合わせてたら絶対に潰れちゃいます」 「潰れても俺が介抱してやる。安心しろ」 「全然全く安心出来ないですよね!?ハンジさんは酔うといつもの倍は面倒臭くなるし、エルヴィンさんとリヴァイさんは通常運転だし、そこで私が酔い潰れてしまうと、ナナバさん1人が大変な思いをする事に……」
学生住人達も頼りになるっちゃなるけれど、大人組が暴走した時にちゃんと止めれるかというと不安だ。 とか、そんな不安を抱えてお酒を呑むぐらいなら、普通に皆を見守りつつ花見を味わいたいのだ。
「いいじゃん。マホ。呑みなって。ほらほら。大丈夫、二日酔いにならない様に私が作った特製ドリンクもあるから!!」 「い、いいえ。大丈夫です」 「そうだぞマホ!私の注いだ酒が呑めないのか!?」 「あの、手渡そうとしてるの缶ビールですよね……」
早くも悪ノリしだしたハンジさんとエルヴィンさんに乗っかって、学生住人達も「いいじゃん」「一口ぐらい」「たまには息抜きも」だなんて、誘惑じみた事を言ってくるから、優柔不断な心がユラユラと傾き出した。 いやでも、これで呑んでしまったら、皆のペースに呑まれたら、花見が終わる頃にちゃんと立っているのかも自信がない。 自分の身は自分で守らないと……。
「いや、ほんと大丈夫。今日あんまり体調も良く無くて……」
引き攣った笑いでそう切り返した時、グイッと乱暴に肩を掴まれて引っ張られ、私は自然にその方へと顏を向けた。 チラチラと舞う桜の花弁と、リヴァイさんの顏が目の前にある……と思った瞬間、ガシッと顎を掴まれてそのままリヴァイさんの唇が私の唇に触れた。
「☆△〇□×〜〜!!??」
正に間髪いれず、だ。 訳が分からず目を見開いたまま硬直していたら、リヴァイさんは舌で器用に私の唇を割ってきていとも簡単に口内に侵入してきた舌を伝って、ツー……と、液体が流れ込んでくる。 鼻孔に広がるアルコール臭と、生温く苦い感触に、脳がビリビリと刺激される。 押し込まれた衝動のままにゴクン、とそれを呑み込めば、熱く喉奥を流れ落ちて行った。 私が呑み込んだのを確認してゆっくりと唇を離したリヴァイさんは、それはもう涼しい顏で、また缶ビールに口を付けていた。 周囲からの突き刺さる視線に、カァァッと全身が熱くなる。
「な、な、何て事してるんですか!リヴァイさん!?酔ってる!?酔ってるんですか!?もうビール没収しますよ!?」 「酔ってねぇよ。お前が余りにも意地を張るから無理矢理呑ませただけだ」 「いや意味が分かんないです!何考えてるんですか!!」
こんな公衆の面前……まぁ、他の花見客も色々と盛り上がっている様子で、さっきの痴態に気付いている人はいなさそうだけど、それでも、少なくともこのシートに居るメンバーはバッチリ見ていたのだ。こんなの罰ゲーム以外の何でもない。
「まぁ……マホとリヴァイが恋人なのは皆知ってる事だし」
冷静なナナバさんのフォローも、胸が痛い。
「いいじゃないか。今日は無礼講だ。部下のリア充っぷりを見せつけられても、爆発しろなんて全然思わないぞ!」
エルヴィンさんの言葉に、引き攣った笑いすら返せない。
「マホ!まぁほら。こういう時は呑むのが一番だ!」
ニッコリ笑ってハンジさんが手渡してきた缶ビールを、私はソッと受け取った。
学生住人達の方は怖くて恥ずかしくて見れないけれど、彼等のボソボソと話す声はしっかりと耳に届いてくる。
「チビの行動は人としてどうかと、思う。けれど、少し、羨ましい……」 「エレン……さっきのは写真に撮れたの?」 「いや、吃驚して撮れなかった」 「何やってんだよてめぇ!ああいう時に撮らないでどうするんだよ!」 「さ、サシャ。花見団子食うか」 「今は、いらないかもしれません……」
ああもう、神様。この状況から私を助けて下さい……。 藁にも縋る思いで、私は手の中の缶ビールのプルタブを開けた。
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