ツン状態・デレ状態
『リヴァイ先生、お疲れ様です(*≧∀≦)』
クリニックを出てすぐに受信したマホからのメッセージに、リヴァイの眉間の皺が僅かに緩む。 それでも彼の中のプライドか意地か、指先が叩く文字は呆気ないぐらいに簡素なものだった。
『何か用か』
勿論リヴァイの冷たい返答に怖気づく様な彼女では無く、間髪入れずにすぐにピコンとメッセージが受信される。
『私の住んでるアパートの裏手に小さな公園があるんですよ』
さも「初めてお話するんですが……」な雰囲気の文面ではあるが、マホの住むアパートなど、もう何度も訪れているわけで、公園がある事もとっくの昔からリヴァイは知っている。 返信をせずにいれば、すぐにまたマホからメッセージが届く。
『私の部屋の窓からもちょっとその公園が見えるんですけど、桜が綺麗で、ついリヴァイ先生に連絡しちゃいました』
その文の後に、窓から撮ったらしい桜の木を見下ろした様な画像が添付されてきた。
『リヴァイ先生はお花見とかします?』 『職場の花見ぐらいだ』
新年度になれば新入社員―といっても個人経営のクリニックなので数人程度だが―との親睦会も兼ねての花見が毎年開催される。そしてそれは毎年、あまりリヴァイにとって良い思い出にはならない。元々賑やかしいのは好きでないというのもあるが、ああいう場になれば必ずといっていい程はしゃぎ出す同僚の相手をするのが心底面倒臭かった。 そしてそれだけじゃなく……
『新しい看護師さんとか入って来たんですか?』
そう……それだ。 エルヴィン・スミスクリニックに常駐しているドクターは、リヴァイ、ハンジ、ナナバの3人だ。看護師にしろ事務にしろ、当然ながら女性の割合が多い。 呑みの場になると、普段は話す事も無い様な面子がやたらと話しかけてくる。中には媚びた感じで寄ってくる女性もいるのだ。 見え隠れする女の強かさに、しかし立場上それを邪険にも出来ず、適当ながらも相手をするというのがリヴァイには苦痛だった。
ガー……と開いたコンビニの自動ドアを潜って店内に入りながら、リヴァイは先程の返事をようやくと返した。
『ああ』 『やっぱり、女の子ですよね?』 『そうだな』
数点の酒の缶と、適当なつまみを買物カゴに入れてレジに向かい、レジ前のワゴンに入っていた3色の花見団子もカゴに放り込んだ。
『リヴァイ先生と一緒に働けるなんて、ちょっと羨ましいです』
テキパキと商品を袋に入れている店員に代金を支払い、コンビニを後にして、リヴァイは指先で画面を叩く。
『何が羨ましいんだよ』 『だって、毎日リヴァイ先生の顏が見れるんですよ!?私、今すぐ人生やり直せるなら看護師になりたいです』 『お前みたいなトボけたヤツがクリニックで働いてたら、俺は間違いなく院長に抗議するぞ』 『リヴァイ先生意地悪です』 『事実だろうが』 『私、こう見えてもしっかりしてるところがあるんですよ!』
そろそろメッセージのやり取りも面倒くさくなってきて、必死な彼女の文面をチラと見ただけで、スーツのポケットにスマートフォンを仕舞った。 歩道と車道の間に等間隔で植えられている桜の並木道は、1人で歩くには華やかすぎて、自然にリヴァイは少しだけ歩調を早めた。 地面にポチポチと落ちている雪の様な花弁を、無意識ながら、踏まない様に避けて歩き進めていれば、そのリヴァイの歩を邪魔する様にポケットの中のスマートフォンがブルブルと震えた。 コンビニ袋を下げてない方の手をポケットに突っ込んで取出した画面にはマホの名前。 騒がしいやつだ……と呆れながらも、リヴァイは通話マークに指を滑らせた。
「何の用だ」
開口一番そう聞けば、電話口の向こうからやけに落ち着きの無い声が返ってきた。
『す、すみません。返信が無かったから怒ったのかなって……』 「怒ってねぇよ。面倒くさくなっただけだ」 『……あ、すみません。だって……』 「何だ。何かあるなら早く言え」
言い辛そうな雰囲気は電話越しでも伝わってくるが、どうせ大した事じゃないだろうと思いながら、言葉の続きを促せば、弱々しい声が返ってきた。
『か……可愛い子とか入って来たのかなって』 「あ?」 『すいません、変な事言っちゃって。リヴァイ先生に恋人が出来たらどうしようって考えちゃって……』
聞くだけ無駄だった……と、ゲンナリとした溜息がリヴァイの口から漏れた。
「お前の頭ん中はそんなくだらねぇ事しか考えられねぇのか」 『……くだらなく、無いんです。私にとっては』 「だとしても、お前が考えるような事じゃねぇだろうが」 『……すいません』
覇気の無い小さな小さな声は、それでも自分の存在を精一杯アピールして震えている。 カサコソとコンビニ袋を騒がせながら、リヴァイは目の前の階段を昇った。
「お前が俺に好意を持つのは勝手だが、面倒くさい干渉は止めろ。クソだるい」 『やっぱり、リヴァイ先生、怒ってますか?』 「……何度も言わせるな。怒ってねぇよ」 『でも……不機嫌そうだし……』
しつこく食い下がる電話口のマホ声に、眉間に皺を寄せてリヴァイは目の前のドアを睨んだ。
「グダグダ言ってねぇで、さっさと玄関を開けろ」 『えっ!?』
直後、ドアの向こうからと電話口の向こうからと、同じ様なバタバタという賑やかな足音がして、ガチャッと勢いよく目の前のドアが開かれた。 化粧っ気の無い顔で部屋着姿のマホの、真ん丸く見開かれた瞳に、フン、とリヴァイは鼻で笑って、電話を切った。
「り、リヴァイ先生!!??何で……」 「俺の部屋の窓からは桜なんて見れねぇからな。ほら、手土産だ」
ガサリとコンビニ袋から取り出した花見団子をグイッとマホの胸に押し付けて、リヴァイは開いたドアから中へと入った。
「……何で、来てくれたんですか?」 「来てほしくて、わざわざ画像まで送ってきたんだろぅが」
胸に押し付けられたまま手で支えていた、花見団子の入ったプラスチックの容器が、ペコ……と乾いた音を立てた。
“会いたい”と言える権利など無い事は分かっていて、けれど少しだけ気を引ければと送ったメッセージ。無視してくれても良いのに、いつもこの人はこうして、淡い期待をくれる。
「……やっぱり、リヴァイ先生に恋人が出来るのは、嫌です……」 「……なら、お前も作るなよ」 「えっ?」 「何でもねぇよ」
窓の外では、淡い淡い桜の花弁が、風に吹かれてハラハラと舞っていた。
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