上達


***「上出来だ。後は俺に任せて寝ていろ」の続きっぽいです***

人気の無い図書室の中央に設置された長机で、マホは真剣に開いた本のページを読み耽っていた。
恋人であるリヴァイに『ラブロマンスの小説を読んだ方がいいんじゃねぇか』と言われて早2ケ月。暇があれば本部内の図書室に入り浸って読んでいる恋愛小説はこれが5冊目だ。図書室とはいっても頻繁に人が出入りするわけでも無く、真面目に読書するには丁度良くて、恋愛小説を読む時はマホは図書室の中に籠りっきりになる。
だが、決してうっとりとした表情で読んでいるというわけでは無い。

「んー……。恋愛小説は確かにキュンって来るものがあるけど……、テクニックの勉強にはならないんだよね」

ポソリ、とそう呟き大きな欠伸を1つしてから、ググッと背中を逸らして天を仰ぐ様にして、長時間の読書で疲れた目を薄く閉じた。

リヴァイにああ言われてからも懲りずに何度か、新しいテクニックを極めようと所謂エロ本を読んでいたが、結局毎回リヴァイを満足させる事は出来ず、最後は彼に身を任せる事になる。
その方がリヴァイも嬉しそうだし、マホ自信も嫌では無い。
けれど、自分のテクニックでリヴァイを気持ち良くさせたいという願望は、いつまでも胸の奥から消えてくれないのだ。

「私って、おかしいのかな……?」

恋愛小説の世界でも、そういう事は男がリードするのが通例らしい。
女はリードされる事でその男らしさにときめき、男はそんな女のいじらしさに胸を躍らせる。
ここ2ケ月でマホが勉強した、ラブロマンスの定理はそれだった。
確かにそれはときめくし、その小説の主人公達を自分とリヴァイに置き換えてみたりすれば、ドキドキと甘い気分にも浸れた。
けれどそれなら、わざわざ本を読まずともリヴァイが与えてくれる。
最近はマホが、テクニックの勉強を諦めているからか、いつも彼のペースで甘い時間が始まる。
それは甘く優しい、蕩ける様なキスから始まって、恋愛小説を読む時よりもずっと、マホをときめかせ続けてくれるのだ。
だから数多の恋愛小説を読んでも、リヴァイのペースに任せるなら同じだと、そうマホは思うのだ。
それだったらやはり、所謂エロ本を読んでテクニックを勉強する方が有意義では無いかと……。

パタン、と本を閉じて、今日はもう戻ろうか……と思った時、ギィィ……と草臥れた音を奏でながら図書室の扉が開いて、入ってきた人物はマホの姿を見るなり、呆れた様にフンと鼻を鳴らした。

「また此処に居たのか、お前」
「兵長!!」

慌てて本を棚に仕舞い、彼の元に駆け寄ったマホの顏は、恋愛小説を読んでいた時とは比べ物にならない程、キラキラと嬉しそうに輝いていた。
その素直な表情に、リヴァイは満足気に口角を上げて、いつもの様に彼女の腰に回そうとした手をハタ、と止めた。
普段だったら、このまま抱き寄せて甘いキスをしているはずで、マホも当然そのつもりだったのだろう、ピタ、とリヴァイが手を止めた事で不安そうに眉を下げた。

甘いキス。
それは、マホの中の凝り固まった“恋人”のイメージを変える為の、リヴァイの秘かな手解きだった。
これまでにした事が無い程の、甘いキスを何度も何度もマホに与えてやって、それに徐々に応えられる様になったマホの姿に、少しずつ手応えを感じていた。
エロ本なんて読まずとも、男をソノ気にさせるテクニックなんてものは、無知であるが故に吸収力の早いマホなら、すぐに身に付くはずだと……。

先程までマホが座っていた椅子にドカッと腰を下ろして、リヴァイは不安気にしているマホの手を、クイ、と引っ張った。
招かれるままにリヴァイに引っ張られるマホを、自分の膝の上に座る様に誘導して、彼女の後頭部に手を回してそのまま優しく口付けた。
そのまま喰らい付くでも無く唇を離すでもなく、唇同士が触れ合うだけのキスを続けるリヴァイに、マホは一度はキュッと閉じた瞳を薄らと開いた。
鋭くギラついた、野性的な灰色の瞳に至近距離で睨み付けられピクッと肩を小さく上下させたマホの腰を、安心させる様に撫でてやって、それでもリヴァイはマホから視線は外さず、唇も触れ合ったまま、僅かに口元を緩めて言う。

「お前から、してみろよ」
「ふぇ……?」
「これだけで満足か?」

挑発的な瞳と声に、ズクンッとマホは胸の奥に甘い痺れを感じた。
“これだけで満足”なはずがない。
何度も何度も与えられた甘く優しく、激しく濃厚なキスの洗礼。そこから始まる恋人同士の熱い時間。
それを知ってしまった体は、この静かな程好く薄暗い図書室で2人きりのシチュエーションに、早速と期待をして熱くなっている。
それなのに、触れるだけのキスを続けられるのは生殺しだ。

これまで、エロ本で読んだ知識を必死にリヴァイに披露してみても、彼を満足させる事など到底出来なかった。
それに加えて最近はもうエロ本から知識を得るのは諦めて、恋愛小説を読むばかりで、肝心のテクニックなんてものは一向に磨けていない。リヴァイに任せっきりなのだ。
そんな自分が、今、どうやって“自分から”何か出来るというのだろうか。

「む……むり、です」
「あ?」
「だって、どうしたらいいか……。勉強もしてないし」
「なら、このまま終わるか?」
「い……嫌です」

余程歯痒いのだろう。涙目になっているマホに、リヴァイは仕方なくと優しく舌で彼女の唇を割ってやった。
来るのを待っていたかの様に絡み付いて来る彼女の舌を、そのまま絡め取りながら自分の口内へと導いた。
そうしてやれば、後はこの2ケ月の間で自然に身に付いたのだろう。マホはリヴァイの口内を犯す様に、舌を這わせ、絡め、時折漏らす官能的な吐息で激しくリヴァイを刺激した。
自然に、あくまでも自然に……リヴァイの膝の上に座った体勢で、キスの濃度に合せる様に自分の腰が厭らしく動いている事すらもマホは気付いていないだろう。

エロ本だけで甘く蕩ける愛欲が身に付くはずがない。
恋愛小説だけで過激なエロスが身に付くはずがない。

恋人だからこそ与える事が出来る、甘く過激で痺れる程に厭らしい情欲。
いつになれば、マホは気付くのだろうか……。

「兵長……あ、あの、何か今物凄くエッチな気分で……」
「そうだろうな。俺がお前をそうさせて、お前が俺をそうさせたんだ」

ニヤリと笑って、リヴァイはマホのシャツのボタンに手を掛けた。

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