寝かしつける


窓に向かい合う形に設置されている机で、書類業務をこなしていたリヴァイは、視界の端にチラチラと揺らめく気配を感じてフイ、と書き物の手を止めて顔を上げた。
真正面で向かい合う形になった窓の外で、金平糖の様な白い小さな雪がユラユラと舞い降りていた。

どうりで寒いはずだ……

手にしていたペンをペン立てに戻し、羽織っていただけのナイトガウンの前をしっかりと閉じ直して、リヴァイはスクッと椅子から立ち上がった。
暗殺者……それも、自分の命を狙っていた暗殺者を、リヴァイの意志で調査兵団に置く事にした最初の夜だ。
寒さも和らいできていたこの時期に雪など、明日になったらハンジあたりに「リヴァイが似合わない事をするからだ」などと言われそうだ、とウンザリとした気分に浸りながら、暗い廊下を進み、リネン室から分厚い毛布を1枚、取り出した。
再び廊下を進み、地下牢への階段にトン、と足を降ろしていく。
1段1段、階段を降りるにつれて増して行く冷感に、リヴァイの眉間の皺も徐々に増して行く。

“俺がその場所を与えてやる”

などと偉そうな事を言ったものの、すぐにマホを調査兵団の人間として扱うわけにもいかない。
幼い頃より暗殺者として育てられていたマホにはまだ、善悪の知識も社会の常識も理解できない。一般の兵士と一緒にさせればたちまちトラブルが起きるだろう。
少なくとも一週間、マホはこの地下牢に幽閉される。
マホの教育に関しては殆どリヴァイに任されているとはいっても、マホの処遇の最終決定権は団長であるエルヴィンに託される。

手首の枷は取ってやったといっても、鉄格子で囲まれた狭い牢の中。おまけに、底冷えの酷い地下で、はたしてマホは大人しくしているだろうか……。

そんな一抹の不安を抱きながら、牢を覗いたリヴァイは、ギョッと驚いた様子で目を見開いた。
薄暗い牢の中、隅に設置された小さなベッドは空っぽで、見ためにも冷たそうな、硬い石の床にベタリと寝転んだマホがボンヤリとリヴァイを見つめていた。
小さく、彼女の唇が動く。

「リ……ヴァ……イ……」

慌てて牢の鍵を開けて中に入ると、マホの肩を両手で掴んで抱き起こした。
その体の冷たさに、ピシリと胸が凍りつく。

「てめぇ、何で床で寝てやがる。寒くねぇのか?」

ベッドが合わないというのなら、それはそれで仕方ないが、せめて布団ぐらい被れば良いのに、マホは体1つで床に寝ていたのだ。身体が冷えてないはずが無い。
だが、マホは決して良いとはいえない顔色をしながらも、全く寒そうな素振りは見せず、当たり前の様に言う。

「最初は、ベッドで寝ていた。けれど、落ち着かなかった。ずっと、硬くて狭くて寒い所で寝てたから、急に変わると上手く寝れない」
「……どんな環境だったんだよ、お前……」
「……此処は、あの場所より暖かい」

リヴァイ自身、過去を辿れば随分と酷い環境で生きていた事もあった。だがきっと、それよりもマホの居た場所は過酷だったのだろう。
ボソボソと話すマホの表情からは全く悪意が感じられない。それは、自分が今まで居た場所がどれほど酷かったかすら分かっていないからなのだろう。

冷たいマホの体を抱いたまま立ち上がらせると、そのまま隅のベッドにボスンとリヴァイもろとも横たわらせた。
温もりを失ったヒンヤリ冷たいマットに、チッと舌打ちをしながら、リヴァイは元々配置されていた毛布と布団を被り、その上に分厚い毛布をバサリと被せた。
戸惑った顔のマホをキツく抱き寄せたのは、半分は暖を取る為だったのかもしれない。

「マホ。お前はもう中央憲兵の犬じゃねぇ。あそこでの暮らしは忘れろ」
「……忘れる?」
「ああ。“新しい人生”をお前は選んだんだろうが。なら、此処でのルールに従え」
「ルール……」
「よく分かんねぇなら、こう考えろ。此処でのルールは俺だ。俺の指示に従え」
「リヴァイの指示……」
「ああ。まず、床で寝るな。ちゃんとベッドで寝ろ」
「…………」

しばらくの沈黙の後、布団の中が心地良い温かさを保ちだした時に、ホッとマホは小さく息を吐いた。

「……リヴァイが、こうしてくれていたら、寝れそうだ」
「あ?」

マホがそんな事を言うとは、思いもせず、チラリと彼女の表情を伺い見たリヴァイは、薄い唇をポカンと開いた。
たった今、確かに言葉を放ったはずのマホの瞼は閉じられて、スースーと小さな寝息を立てている。

「ガキか……」

子供の様に無邪気な顔で眠るマホの頬を指で軽く突いて、リヴァイもソッと瞳を閉じた。

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