不安を消す魔法
「ああ、そうか。卒業式か……」
昼時に買物に向かう道すがら、綺麗に着飾った袴姿の若い女性達の姿を見てポツリと私は1人そう零していた。 少しずつ暖かくなってきたとはいえ、まだ肌寒い季節、それでもキャッキャと笑っている彼女達の周りだけは暖かい春の陽気に包まれている様なそんな気がした。
ああ。眩しいな……。
これから始まる新しい生活に希望を抱いているのだろう学生達の表情が、遠くに置き忘れていた記憶を呼び覚ましてくる。
僅か数年前、確かに私もあの学生達の様に、希望に胸を躍らせていた。 バリバリ働ける、カッコ良い女性なんてのに憧れたんだ。
まぁ実際は、1年でお役御免になった駄目人間なんだけど……。
もしも、もしもあの時、すぐにまた新しい仕事を探していたら、今頃はバリバリ働ける女性になってただろうか……。 ああ、でもそうだったら、リヴァイさんは勿論、住人の皆と出会う事も無かったんだ。
それはそれで嫌だな……
私を認めてくれる場所。私を必要としてくれる皆。私を愛してくれる人。 それを知らなかったら、私はきっとずっと自分に自信なんて持てずにウジウジクヨクヨしてただろうから……。
楽しそうな女学生達の側を通り過ぎ、忙しなく歩いているスーツ姿のOLさんの前を通り過ぎ、ポテポテ、と歩いていた足を止めた。
数メートル先に見えている行きつけのスーパーは特売日で、沢山の主婦で賑わっている。 買物カートの椅子に子供を乗せて、あやして、と忙しそうなお母さんもいる。 今までこのスーパーに行く事なんて何とも思わなかったのに、途端にそこは自分の居場所では無い様な不安に襲われた。
だって、私は何だというのだろうか。
バリバリ働くOLさんでも無ければ、主婦でも無い。 アパートの大家さんなんて大層な事を言っても、いつも何かあったら皆に頼ってばかりの、情けない人間だ。 それでも皆、私が居る事を許してくれるから、その優しい場所に甘えて……。
今自分が立っている場所が、まるで沼の様な感覚でズクリと足が重い。 そのまま深く沈んでいきそうな恐怖と不安が、視界を真っ暗にしていく。
もういっそ、消えてしまいたい。
仕事をクビになって、引き篭もっていた時、毎日思っていた事だ。 布団を頭から被って、視界を遮って、親の心配も無視して、いつも思っていた事だ。 誰も私なんて必要としてない。私が居なくなっても誰も悲しまない。 恐くて、不安で、もう、消えたいと……。
フラッシュバックみたいなその感覚に、膝がガクッと崩れ落ちかけた時、グイッと力強い手に腕を掴まれて引っ張り上げられた。 それだけで、不安の塊にピシリとヒビが入っていたけれど、次いで耳に届いた声に、一気にその不安が溶けて行った。
「マホ」
呼ばれるままに振り返れば、驚いた顔のリヴァイさんがこちらを見ていて、その顔に、何だかとても安心したんだ。
「顔色が悪いぞ。何かあったのか」 「なっ……何でもないです!リヴァイさんこそ何で此処に?」 「依頼主の家に向かうところだ。たまたま見かけたから良かったが……貧血か?」 「大丈夫……です」
不思議だ。 さっきまでの不安が嘘みたいに消えていて、別世界に見えた数メートル先のスーパーも、優しく私に手招きしてくれてるみたいだ。
そんな私の頬をムニッと摘んで、リヴァイさんは訝しげに眉を顰めた。
「お前の大丈夫は当てにならねぇからな。具合が悪いなら帰ってゆっくり休め」
魔法みたいだ。 私に安心をくれる、甘い魔法だ。
「ほんとに……大丈夫です。リヴァイさんが居れば、大丈夫……」 「マホ?」 「……リヴァイさんと、住人の皆と、楽しく過ごせる日常がある限り、私は、大丈夫です」
一瞬、リヴァイさんの表情が強ばった。 けれどすぐにいつものポーカーフェイスで、ポンポンと私の頭を撫でてくれた。
「なら……大丈夫だな」
それは、不安を消す魔法……。 いつかは解けてしまう魔法だけど、今はまだ……。
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