物陰でキス


「知ってる?リヴァイ兵士長に恋人がいるって話!」
「私も聞いたわ!兵団内の人間でしょ?」
「じゃぁ私達も知ってる人なのよね?誰なんだろう」

訓練の合間の休憩時間、正に井戸端会議場になっている汲み上げ井戸の前の様子を見て、マホは手にしていた空の木桶を両手で抱える様にして物陰に身を潜めた。
最近よくこういう噂話を耳にする。
少し前までは、兵士長様は男色か何て噂が流れていたが、人の噂も75日とはよく言ったものだ。
なるべくこういう話題の場には入らない様に注意しているものの、すぐ近くで聞いているだけでも心臓に悪い。
よくよく考えたらそんな噂が流れる様になったのは、初めてリヴァイの部屋に泊まった日からではないだろうか。誰にも見つからない様に最新の注意は払っていたが、同じ建物内に300人余の兵士が寝泊まりしているのだ。誰が見ててもおかしくは無い。
幸い、噂の“兵士長の恋人”の候補に自分の名前はかすりもしていない事に、少しだけ安心はしているものの、全く候補に挙がっていないだけに、もしも自分がリヴァイの恋人なのだという事が公に知れたとしたら、きっと非難の目が飛び交うのだろうと思うと複雑である。
何せ、候補として挙げられているのは、調査兵団内でも精鋭とされる者だったり、兵士でいるのが勿体無いと思われる程に容姿端麗な者だったりで、“兵士長の隣”に並んでいても、誰もが納得出来る、女性からも男性からも批判が出ないだろう兵士達の名前ばかりだ。

「きっとあの人だよ……。兵長ともよく話してるし」
「ああ、あの人なら、確かにお似合いだよね」
「それだったらほんと、最高最強のカップルだね!!」

それはタダの噂話であって、根も葉もないという事は“兵士長の恋人”であるマホが一番よく知っているのに、不必要に胸が傷む。
自分が恋人だと名乗り出る事が出来るはずもなく、ただただ、井戸端会議が終わるのも物陰に潜んで待つしか出来ないのだ。

「何やってる。新しい訓練か?」

不意に背中から飛んできた声に、マホは思わず声を上げそうになって口元を手で覆う事で何とかそれを堪えた。
咄嗟に井戸の方へと不安気な視線を向けるも、お喋りに華が咲いている者達は、全くこちらに気付いてない様で、ホッと息を吐いてからようやくマホは、飛んで来た声の方を向いた。
現在井戸端の噂話の中心人物、誰もが尊敬する兵士長、そしてマホにとって唯一無二の恋人は、マホの行動を不審そうにしながらも、彼女に視線を合わす様にしゃがみ込んできた。
吐息がかかる距離にリヴァイの顔がある事に、ドキリと胸を弾ませながらも、マホは戸惑う様に目を伏せた。

「へ……兵長は……、何で私を恋人にしてくれたんですか?」
「あ?」

今更何を言ってやがる、と呆れたリヴァイの耳に、井戸の方からの愉しげな声が飛び込んできた。

「でも、リヴァイ兵長の恋人って、ちょっと羨ましいよね」
「あはは!私達みたいな一般兵じゃ絶対無理だよね」
「非難轟々ってやつだね」

今、リヴァイとマホがいる位置から井戸まで、距離にしたら5メートルぐらいだ。
井戸端の彼女達の声のトーンが大きいというわけでもないが、辺りは静かで心地良い程度の風が無駄に彼女達のお喋りを拾っては届けにくる。
リヴァイに聞こえる声が、すぐ隣にいるマホに聞こえないはずは無いわけで、先程の質問と少し沈んだ表情の意味を知って、フン、とリヴァイは鼻を鳴らした。

他人の好き勝手な噂話など、気にする必要もないのに……

それでも気にしてしまう恋人の性格が、リヴァイの中にある庇護欲と独占欲を激しく駆り立てる。
ポフ、とマホの肩に手を置いて、もう片方の手でクイ、と顎を掴むと俯いていた彼女の顔を無理矢理に上げさせた。
リヴァイに顔を上げさせられたという事がまだよく分かってないのか、沈んだままのマホの顔にグイとリヴァイは自分の顔を近付けた。
甘いキスとも官能的なキスとも違う、ただただ愛情を降り注いでくる様なキスが、マホの唇を包んだ。

カコ……ンと、マホの手から滑り落ちた木桶が、恥ずかしそうな音を立てて地面に落ちた。

「何?誰かいるの?」
「……気の所為じゃない?」
「あ、そろそろ戻らなきゃやばいね!」

賑やかな声と足音が遠去かっていくにつれて、2人のキスは深く濃度を増していった。

いつか、堂々と隣に並べるだろうか……
いつか、堂々と独占出来るだろうか……

2人の中に燻る想いが今、ゆっくりと交わっていく。

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