何があっても守り抜く。そのためならどんな犠牲も厭わん
『今日のアナタのラッキーアイテムは、フレアスカート!春らしさでデート運もup!!』
付けっぱなしだったテレビを消そうとしたら、丁度占いコーナーだった為に、思わず手が止まった。 別に占いが好きだとかいうわけじゃないけれど、目に入ればついつい観てしまう。 何か予定がある日は特に。
「フレアスカートか……」
小さく呟いた声に、窓から見える庭の草木が嬉しそうに揺れていた。
昨晩の夕食後「明日は半休だ」とリヴァイさんが急に言い出して、特に私が何も言わないままに、今日の午後は2人で出かけるという予定が組まれてしまった。 なんというか、久々のデートだ。 1つ屋根の下で生活しているといっても、やっぱりデートという響きはドキドキするし、テレビの占いコーナーをも気にしてしまう。 でも確かに、久々のデートならスカートを履いてみるのも良いかもしれない……。 片付けを終えて、私はいそいそと自分の部屋へ戻ってタンスを漁った。
午後1時。探偵事務所のすぐ近くの駅前に立ち尽くす私の前に、スーツ姿のリヴァイさんがやって来た……のは良いけれど、私の姿を見るなりキュッと眉を寄せた。
「おいマホ。何で脚なんか出してやがる」 「えっ……その、久々のデートだからと意気込んで……」
今日のラッキーアイテムだとは言えず、あながち間違いでも無い理由を告げてみたけれど、落ち合って早々に苦言を申し出されると、占いに左右された自分が馬鹿らしくも思えてくる。 大体スカートなんて普段あまり履かないし、妙に足元がスースーして変な感じだし……。 リヴァイさんは私の姿を上から下まで、舐め回す様にジーッと見てから、フン、と満足気な息を吐いた。
「ならお前は、俺の為に脚を出してるという事だな」 「ええと、その言い方には頷きたくないんですが……」
まぁでもギャウギャウ騒がれるよりは良いか、と思い直し、リヴァイさんと並んでまだ陽の高い街中を歩き出した。
デート……デートだ。 こう、特に何処かに行くと決めているわけでもないけれど、2人で街を歩くとか、そういうのこそデートの醍醐味じゃないだろうか。 夕方にはアパートに戻る予定だけど、それまでは恋人の時間を思いっ切り満喫しようと、何処からともなく漂う春の香りに胸を躍らせていた。
「美味しかったですね。外食ランチって久々で―…」
何処から見ても恋人同士の甘い空気に突然異変が起きたのは、小洒落たカフェでの食事を終えて外に出た時だった。 朝から何となくそうだったのだけど、今日は少し風が強い。 髪を舞い上がらせようとする風を手で抑えて、先程のランチの感想を述べていた私を見るリヴァイさんの目が急に血走りだして、思わず私は言葉を呑んだ。
「おい。お前、何で今日はスカートなんて履いてやがる」 「……は、い?ええと、さっきその話しましたよね?」
確かリヴァイさんは数刻前、“俺の為に脚を出してる”とかいう妙な理由付けをして納得していたはずだ。それなのに今になってまた蒸し返してくるなんてどういう事だろうか。 虫の居所が悪いとか、さっきのカフェの食事が実は気に入らなかったとか……?
私の言葉にチッと舌打ちをするリヴァイさんは明らかに不機嫌で、せっかくのデートも何だか雲行きが怪しくなってくる。 ますます今日のラッキーアイテムとやらが胡散臭くなってきた。
それでもそれ以上にリヴァイさんが喚く事は無かったので、また2人で並んで少し風の強まってきた街を歩き出す。 大きな道路を跨ぐ歩道橋の階段をトントンと昇り出した時、一際大きい風が吹いて、掃き慣れないヒールの所為もあってバランスを崩しかけて、慌てて手摺りを両手で掴んだ。 いつもだったらこういう時はすぐにリヴァイさんの手が腰に廻って来たりするのだけど、今日はそれがなくて、不思議そうに彼を見遣れば、私の2段下に佇んだリヴァイさんが、般若の様な顔でこちらを睨み上げていた。
「り、リヴァイさん!?あの……」 「おいマホ。今すぐ階段から降りろ」 「え、いや、向こうの通りに渡りたいんですが……」 「横断歩道を渡れば良いだろ」 「いやでも信号長いですし……」 「とにかく階段は駄目だ。降りろ。降りないなら無理矢理引き摺り降ろす」
言ってリヴァイさんは本当に私の腕を掴んで引っ張って来て、一歩間違えたら転げ落ちるんじゃないかと思う勢いで私は階段を降ろされた。 リヴァイさんの訳分からない行動に振り回されるのは毎度の事だけど、今日のリヴァイさんの訳分からないっぷりは今年一番かもしれない。 こういう有無を言わせない系の時のリヴァイさんに逆らうと面倒な事になるのは痛い程経験してるので、リヴァイさんに腕を引っ張られるままに、信号待ちの横断歩道の前まで誘導された。 立ち止まってる所為か、風の当たりが強く感じられて、余計に足元はスースーするし、リヴァイさんの態度の所為で心にもピューと冷たい風が吹き付けてる気分だ。 この後は何処に行こうか、どうしたらリヴァイさんはご機嫌になるだろうかと、1人悶々していたら、そんな私の心境とは正反対みたいな呑気そうな声が背後から聞こえて、チラと後ろの視線をやれば、学生服姿の若い男の子2人が楽しそうにお喋りしている。 何ていうか、正に青春真っ只中って感じで、眩しいぐらいだ。 私にもそんな時代があったなぁ……としみじみしてたら、隣からドス黒いオーラが放たれてきて、一気に現実に戻される。 というか、何でこの人こんなに不機嫌なんだろうか……。
「り、リヴァイさん。次、何処行きたいですか?」
丁度信号が青に変わり、私なりの精一杯の愛嬌を振り撒いてそう尋ねれば、耳を疑う答えが帰って来た。
「アパートに帰るぞ」 「は、い?」 「これ以上は危険だ」 「あの、言ってる意味が分かりませんが……」 「まだ歩き回るというなら、俺がお前を抱いて歩く」 「そんな事したら通行人の視線に刺し殺されますよ」 「そんなもん関係無い。何があっても守り抜く。そのためならどんな犠牲も厭わん」
一体何があったのか、何が危険なのかはサッパリ分からないけれど、リヴァイさんの脳内はとっても大ピンチらしい。 あれか、もしかしたら彼にしか見えないナニカが見えてたりするのだろうか。 だからといって、リヴァイさんに抱っこされてデートを続行出来るはずもなく、横断歩道も歩道橋も渡らず、アパートへと戻る事を余儀なくされた。
帰り道も何故か私の真後ろに背後霊よろしくピタッとリヴァイさんが張り付いてくるので、歩きにくくて仕方なかったが、何やら必死のリヴァイさんの形相が恐ろしくて何も言えなかった。
アパートに戻ったらリヴァイさんの機嫌が治るならそれで良いや……と思っていた私が甘かった。 戸を開けて玄関に入った瞬間、ガバッと後ろからリヴァイさんに抱き着かれて、そのまま前のめりに上がり口に倒された。
「り、り、リヴァイさん!?もう!何なんですか一体!?」
流石に講義の声を上げたら、何故か耳をカプりと甘噛みされた。
「お前こそ一体なんだ?俺をハラハラさせやがって……」 「ハラハラって……何の事―…」
そう聞けば、スルリとリヴァイさんの手が私のスカートを捲くり上げてきた。
「ちょっ!!何してるんですか!!」 「何してるじゃねぇよ。風が吹く度このスカートが捲れ上がってどれだけ危険だったと思ってやがる」 「へ?あの、ごめんなさい、リヴァイさんが不機嫌だった理由って……?」 「不機嫌だったわけじゃねぇよ。お前のスカートの中を他の男の目に触れられない様に死守してたんだろうが。馬鹿野郎」 「り、リヴァイさん、あの……」 「あ?」
“不機嫌じゃない”という発言を根底から覆す様な顔を向けてくるリヴァイさんに恐縮しながら、私は自分のスカートをゆっくりと持ち上げた。
「おい!お前……!?」
ついさっき私のスカートを捲ろうとしてたくせに、途端に焦り出すリヴァイさんの、意外な純情っぷりに笑いそうになりながら、限界までスカートをたくしあげた。
「あっ!?」
焦りと怒りを織り交ぜたリヴァイさんの視線の先、スカートが捲れ上がった部分は、それ以上は見せませんといった感じでスカートと同じ生地の布がしっかりとガードしている。
「このスカート、中がキュロットになってるんですよ。だから捲れても平気で―……ってリヴァイさん!?」 「てめぇ……騙したのか」 「はっ!?いやあの騙したわけでは……」
やっぱり占いなんてアテにならない。 それか、キュロットスカートなんて邪道アイテムを使ったのがいけなかったのだろうか。 早々に終わったデートの後は、アパート内での激しい鬼ごっこが始まるのだった。
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