妙な真似をしたらどうなるか分かるな?正直に答えろよ


「え?これ、私に?」

ジッとしてろ、と言われ、首元に飾られた細いシルバーのネックレスを目の前の鏡で確認してマホはよほど驚いたのか、飴玉の様に目玉を真ん丸くさせた。
背後からマホの頭にスッと口付けを落として、リヴァイはたった今自分が彼女に付けたネックレスに指を絡めながら言う。

「ああ。内地に行った土産だ。菓子のが良いかとも思ったが、たまには光り物も悪くねぇだろ」

ラズベリーキャンディーの様な鮮やかな赤桃色の小さな石がトップにぶら下がって、控えめながらもしっかりと輝いている。

「は……い。綺麗な色です」
「ゾイサイトとかいう石らしい」

宝石に関しての知識は殆ど皆無なのだろう。リヴァイがポツリと呟いたその名を聞いても特に反応もせず、マホはボーッと鏡に映る自分の首元を見つめ続けていた。



「う、うそ!?」
「どうしたの?マホ?」

壁外遠征1日目の夜、兵士達が犇めき合う寝床でわ毛布に体を包んで横たわりながら顔だけを上げて聞いてきたナナバに、マホは慌てて首を横に振った。

「な、何でも無い、です」
「そう?」

信じてなさそうなナナバの返事だったが、それでも追及はしない彼女の気遣いに感謝して、取り敢えずとマホも毛布にくるまり隣へと体を横たえた。
冷静そうにしながらも、胸はドッドッドッと不安に騒ぎ、寝る気など全く無いのだろう瞼はしっかりと開いていた。

それから数時間後、皆が寝静まり静かになった寝床で、モゾモゾとマホは毛布から這い出した、物音を立てない様注意しながら部屋を抜け出した。
外に立つ見張りの兵に頭を下げて、月明かりと松明の火を頼りに、目を皿にして地面を睨み歩くマホの表情は、いつになく余裕が無さそうだった。
何度も首元に手をやっては深い溜息を落とし、あっちへ行ったりこっちに来たりを繰り返していたマホは、静か過ぎる闇夜に、自分とは違う足音が近付いて来た事に気付き、ハッと俯いていた顔を上げた。
心臓の音がやけに煩い。

「何やってんだお前。こんな夜中に……」
「リヴァイさん……す、すみません。ちょっと、散歩を……」

咄嗟に構えた敬礼は、忠義を示す為では無くて、煩く騒ぐ心臓を抑えつける為だ。
そんなマホの胸中などお見通しとばかりに、リヴァイはズカズカと大股で彼女の前まで来ると、グイッと襟元を掴み上げた。

「夜中は巨人の活動が鈍るといっても壁外だ。ブラブラ歩き回るのは危険だ。それぐらい分かってるはずだな?にも関わらず歩き回る理由な何だ?」
「さ、さんぽ、です」

月明かりと松明に照らされたリヴァイの顔が、怪しげに歪む。

「おい、マホよ。俺に嘘を突き通せる自信があるのか?」
「…………無いです」
「なら妙な真似をしたらどうなるか分かるな?正直に答えろよ?何をしてた?」

敵わない……

マホの全てを奪い去ってしまいそうな、灰色の深い瞳を前にして、その絶対的存在に簡単に心がポキンと折れる。

「……落し物を」
「何を落とした?」

言いたくない、などと思うよりも先に、リヴァイの問いに即座に答えろと脳が命令を下し、すんなりと唇を割って出た声が空気に触れた。

「リヴァイさんに、もらったネックレスを……」
「…………」

沈黙の代わりに刺さる視線が、マホの胸をキュウゥと締め付ける。
リヴァイの手の力が弱まり、マホの襟元からスッと外れて行く。

「す、すみません!!馬繋ぎ場で馬から降りた時はまだちゃんと付いてたので、馬から降りてから落としたみたいで……。でもそれだと範囲が限られてるので、見つかるかと……」

リヴァイからもらったネックレス。
毎日、気が付けばそれを確認するのが癖になっていて、だからこそ落とした事に気付くのも早かったのだが、それでも夜、しかも野外となると、幾ら範囲が限られているといっても見つけるのは一筋縄にはいかない。そんな事はマホも分かっていたが、朝になればすぐに出発だ。ネックレスを探す時間などあるはずがない。

「すいません……」

もう一度謝罪の言葉を述べてから、膝をついて地面を睨み出したマホの頭に、リヴァイの手がポンと乗った。

「探さなくていい。立て」
「でも……」
「俺の言う事が聞けないのか?立てと言っている」

マホにとっての絶対的存在の言葉に背を向けれるはずもなく、マホはヨロヨロと立ち上がった。
月の光を反射して、キラリと顔の前で揺れた銀色が眩しくて目を閉じたマホは、すぐにハッとその目を見開いた。

「リヴァイさんそれ……!?」

顔の前、リヴァイが突き立てた人差し指の先にぶら下がってユラユラ揺れているのは、紛れもない、ラズベリー色をした小さな石をぶら下げた銀のネックレスだった。

「消灯前にお前と乳繰りあってた場所に落ちてた」

マホの名誉のためにいうと、乳繰りあってはいない。ただ、僅かな自由時間に恋人同士のお喋りを少し嗜んだ程度だ。
確かにあの時、人目が無いのを良い事にやたらと触れてくるリヴァイに逆らえず、濃厚なキスをしたり、強く抱き合ったりはしていた。その時にネックレスが引っ掛かって落ちたのだろうか。

「付けてやる。ジッとしてろ」
「すいません。ありがとうございます」

素直に謝罪と礼を述べるマホを、フンと鼻であしらってリヴァイは彼女の首にそのネックレスを付けた。
再び首元に戻って来た輝きに、嬉しそうにするマホとは対照的にリヴァイの表情は暗い。
それが、浮上しかけたマホの心にもどんよりと影を落とす。

「リヴァイさん?」
「お前が明日になっても気付かなかったら、拾った事を黙っておいて壁内に戻ってからたっぷり躾てやろうと思ったのにな……」

本当に残念そうな口振りに、彼の中に潜む嗜虐心を垣間見て、マホは(気付いて良かった)と心底思った。
それでも結局壁内に戻ってから“お仕置き”を受ける事になるとは、この時マホはまだ気付いていなかった。

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