疲れてても態度を変えない・・・?


閉店後の静かな店内に、テーブルに椅子を上げるガタゴトという音がやけに響き、それ以外に響く音が無い事にマホは物悲しそうに溜息を吐いた。
恋人になってから早2年、半同棲という形になって1年半、忙しくしていても壁外遠征で出払う時以外はほぼ毎日家に帰って来ていたリヴァイが、もう5日も帰って来ない。
5日という期間が長いかどうかは人それぞれなのだろうが、毎日会える事に慣れていたマホにとっては酷く長い時間に思えていた。
これがまだ壁外調査の時なら、いや勿論、それでも寂しくはあるが、事前に分かってはいるし、マホなりの覚悟の様なモノを抱いて待っていられる。けれど、そんな覚悟も持たぬまま、突然に会えなくなると、心にぽっかりと大きく穴が開いたみたいで酷く物悲しい。
実際には突然というわけでも無い。
5日前に来た時は、丁度壁外調査から帰還した日で、それも随分遅い時間に来ては、朝になってすぐに出て行ってしまった。

トロスト区が巨人に襲撃された。
今期卒業の訓練生の中に巨人になれる者がいた。

手短な説明ではあったが、それだけでも未曾有の事態だというのはマホにもすぐに分かっていたし、朝に出て行く時も、リヴァイは「少し慌しくなる」と告げていたし、思えば覚悟をする要素は沢山あった。けれどもどこかで、“大丈夫”という根拠の無い自信を抱いたままだったのだろう。いざ会えなくなればたちまちに不安が押し寄せてきて、一気に“大丈夫”を消し去ってしまう。
それに加えて今日、店に来ていた客が「巨人になれるガキの処遇を巡って兵法会議があった」「結局巨人のガキは調査兵団の手に渡ったが、憲兵団と調査兵団の確執は酷くなりそうだ」等と話しているのを耳にして、更に不安は増していた。
人間というのは不安になればなる程、よせばいいのに被害妄想を募らせるもので、例外なくマホも脳内で勝手に巡らせた妄想で表情を暗くさせていた。

「リヴァイさん……」

家族を皆失ったマホにとって、リヴァイはかけがえのない存在で、“帰りを待つ”という事をもう一度教えてくれた大切な恋人だ。

もし帰って来なくなってしまったら……

想像するだけで全身がヒヤリと冷たくなって、苦しげにマホは胸を抑えた。

小さなランプを1つ置いただけの店内は薄暗く、長く此処に居たらジメジメと暗い空気に呑み込まれて埋もれてしまいそうだ。紅く灯る火を見つめてブンブンと頭を振ると、気を取り直してマホは、残りの椅子をテーブルに上げていった。
無理矢理に気合を入れようとしたからか、要らぬ考えは捨てようとしていたからか、椅子を上げる動きはいつもよりも大袈裟で、カタコトと響く音もその分賑やかさを増した。だから、静かに開いた扉が微かな鈴音を鳴らした事にも全くマホは気付いていなかった。

最後の椅子をテーブルに上げよう、と持ち上げた時、スッと手伝う仕草で後ろから椅子を持たれて、「ひゃっ」という小さな悲鳴と共に驚いてマホ小さくは飛び上がった。
その体を抑える様に支えてきた手と、フワリと香る“彼”の匂いに、ドクンッと胸が跳ねた。
マホの手から離れた椅子は、もう1人の手によって静かにテーブルに上げられて、すぐ耳元で「これで最後か」と、それだけでマホの身体を熱くさせる成分を含んだ声が響いた。

「リヴァイ……さん」

後ろを振り向こうとする前に、クルッと無理矢理後ろを向かされて、目を白黒とさせながらもマホは目の前に立っていた恋人の姿にウルウルと瞳を潤ませた。

「何って面してやがる、マホ、てめぇ……」
「ご、ごめんなさいっ……。いきなりでびっくりして」
「少し兵団内がゴタゴタしてる。なかなか帰って来れなかった。……まぁ、明日も早朝には此処を出ないといけねぇが」

この薄暗い灯り1つの空間でも、彼の顏が草臥れているのが分かり、それでも此処に足を運んでくれたのだという事が、嬉しくもありギュンと胸を傷ませる。
そんなマホの気持ちを読み取ったのか、リヴァイは安心させる様に彼女の身体を強く抱き締めて、そのままテーブルに押し倒す様にしながらマホの首筋へと甘いキスを落した。
久々のリヴァイの唇の感触にゾクリと身体が粟立ち、そのまま唇へのキスをせがみたくなる衝動を抑えて、マホはトントンとリヴァイの肩を宥める様に叩いた。

「ちょっ……リヴァイさん、あの、疲れてますよね?もう休んだ方が……」
「疲れてねぇよ。やっと会えたのに大人しく寝れるか」

言うなり、耳朶に噛み付いてくるリヴァイに、反射的に甘い声が漏れて、慌てて口元を手で覆いながら、ブンブンとマホは首を横に振る。

「駄目ですっ!大体お店の中ではそういう事はしないって前にも約束したじゃないですかっ……」

チッと軽い舌打ちをして、テーブルに縫い付けていたマホの身体を引っ張り上げると、ギラついた瞳を蓄えた目元に隈を浮かべながらリヴァイは、当然の権利とでも言う様にマホの唇に触れるだけのキスをした。

「なら、ベッドに行くぞ」
「でも、リヴァイさん、目の隈も酷いですし……」
「これは元々だ。早く行くぞ」
「……あの、私、まだ洗い物が残ってるので、先にベッドに行ってて下さい」

慌ててそう告げるマホに、少し考える素振りをしてからリヴァイは「分かった」と納得した様子で、ポンポンと金色の頭を撫でてから店を出て行った。
カラランと響く鈴の音に、ホッと一安心の溜息を吐いて、マホはキッチンの方へと移動すると、敢えてゆっくりと後片付けに取り掛かり出した。

リヴァイが来てくれたのは嬉しいし、甘い恋人の時間だって勿論過ごしたいが、どう見ても疲れている顏の彼を見れば、休息が必要なのは一目瞭然だった。
きっと、ベッドに入ればすぐに眠ってしまうだろう。「嫌よ駄目よ」のやり取りよりはよっぽど、体力的にも時間的にも効率的だと思い、先にリヴァイだけをベッドに向かわせたマホだったが、片付けを終え、眠りの浅い彼を起こさない様にと気遣って抜き足差し足で部屋に戻って見て愕然と肩を落とした。

「遅かったな。待ちくたびれて寝ちまいそうだったぞ」

そうあってほしかったんですよ……とは、真っ直ぐにこちらを見てくる瞳を前にしてはとても言えず、仕方なくマホは、リヴァイが手招きするベッドにポスンと腰を下ろした。

「リヴァイさん。明日も早いなら……」
「なぁマホよ」

マホの声にかぶせて放たれた声が、どこか悲しそうで、言いかけた言葉がグッと飲み込まれる。
座っていたマホの腰元に、リヴァイの腕が蛇の様に絡み付いてきて、そのまま布団の中へと引き込んで行く。

「お前は、久々に会えても嬉しくないのか?」
「久々って、まだ5日しか……」
「俺にとっちゃ5日でも長い」

マホにとってもそうだ。
だが、ここでそれを肯定してしまえば、このままリヴァイの腕に絡み取られてしまうだろう。
今にも噛み付かんばかりに滾っているリヴァイの瞳だったが、やはり瞼は重そうにウツラウツラと傾いでいる。

「……リヴァイさん、ちゃんと寝てました?」
「……そんなもんお前が心配する事じゃ−…」
「心配させて下さい!」

思わず出た大きな声に、2人を乗せたベッドまでが驚いたのかキシ……と鳴いた。
先程までギラついていたリヴァイの瞳は、一瞬で毒気を抜かれたのか、鋭さが削れて丸くなっていた。
そんなリヴァイを、いつになく厳しい瞳で見つめて、マホは唇を尖らせて言う。

「わ…私は、リヴァイさんの恋人ですから……。心配させて下さい。リヴァイさんがいつも通りにしてても、疲れてる事なんてすぐに分かります。随分前に、リヴァイさんは私に『客扱いをするな』って言ったけど、そう言うなら、この家にいる時ぐらいゆっくり休んで下さい。此処はもう、リヴァイさんの帰る家であって、私は、恋人だから……」

マホからしたら大それた発言で、次第に彼女の顔は赤くなっていき、語尾も弱まっていく。
それを目の前で黙って聞いていたリヴァイは、マホが口を閉じたと同時に彼女の身体を強く抱き締めた。

「リヴァイさん……っ」
「……お前が、そうまで言うなら大人しく寝てやる。だが……せめて抱き締めて寝させろ」
「えっ……」
「疲れてる事は認めてやるが、俺にとっての一番の休息はお前の存在だ……分かったら大人しく抱き枕になれ」
「は…………い」

その体勢を保って10分後、スースーと規則正しい寝息が聞こえてきて、マホはホッと小さく息を吐いた。

疲れてても態度を変えない恋人が、唯一素直な表情に戻る時……。
この先の未来もずっと、彼の無防備な寝顔を一番近くで見てられる存在で居れます様に―…

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