ご機嫌な笑みは何かが怪しい


兵士達の夕飯の時間が終わり、人気の無くなった食堂で、丁寧にテーブルを拭いていたマホは、1つのテーブルの上に忘れ去られた様に置かれていた1枚の紙に気付き、首を傾げながらそれを手に取った。そこに書かれていた内容を確認するにつれて、みるみるマホの顔はキラキラと輝きだす。

「こ、これ!!明日!?ウソ!!」

思わず口から飛び出した声が、静かな食堂に嬉しそうに響いた。
夕飯時、このテーブルには104期の面子が揃っていた。きっと、その中の誰かが置き忘れたのだろう。
置き忘れ……といっても、所詮広告チラシだ。持ち主を必死で探す必要はないだろうが、マホとしてはこのチラシの内容をもう少し知りたくて、片付けが済んだら104期生の所に行こう、と意気込んでいた。
そんなマホの心を読んだかの様に、食堂の扉がフワリと開き、金色の髪を揺らして入って来た人物にマホは嬉しそうに駆け寄った。

「アルミン!!」
「マホ。ゴメン、コーヒーをもらおうと思って」
「あっ……うん。まだ仕事が?」
「うん。今日中に次の壁外調査の作戦資料を作成しなくちゃいけないんだ。まぁ、明日は休みだから……」

そこまで言って、アルミンはマホが手に持っているチラシに気付き「あれ?」と不思議そうな顔をしてみせる。

「それ、夕食の時にコニーとサシャが見てたチラシ?あ、もしかして、テーブルに置きっぱなしだった?」

マホが何も言わずとも、そこまで説明してくれるあたりは流石アルミンといったところだろうか。

「これ、コニーとサシャが持ってたものなんだ。2人は行くのかな?」
「あー……うん。そんな事言ってたね……」

マホの問いにアルミンはさして興味も無さそうに答えながら、チラシを一瞥していたが、やけにキラキラと瞳を輝かせている彼女を見て何か感付いたらしく瞳をパチクリと瞬かせた。

「もしかして、マホも行きたいの?」

途端にマホの顏は綻び、無邪気な子供の様な満面の笑顔で頷いた。

「うん!明日は休みだし、こんな機会滅多にないし……」
「ああ、何か限定なんだってサシャも言ってた気がする」
「そうだよね!数に限りもあるみたいだし、行かなきゃ後悔すると思うんだよね」

普段はのんびりとしているマホが珍しく鼻息荒く意気込んでいるのを、微笑ましそうに見ていたアルミンだったがすぐにその表情は強張り、太目の眉には困った様に下がり出した。

「休日だし、マホが行きたいなら是非行ってきたら良いと僕は思うけど……。一応リヴァイ兵長に許可を得ておかないと後々大変じゃないかな……」

“リヴァイ”というキーワードに分かり易いぐらいにマホの表情が沈んだ。

「……や、やっぱりそう思う?」
「う、うん……」

そのやり取りの後、2人の口から盛大な溜息が漏れた。

アルミンにコーヒーを提供して食堂を出た後、不本意ながらリヴァイの部屋を訪れたマホは、嬉しそうに自分を迎え入れてきた主に警戒心を剥き出しにしながらも、チラシを片手に明日の休日計画を説明するのだった。

「……菓子の詰め合わせだと?」

顔中に“くだらない”を貼り付けた表情で、そう聞き返すリヴァイの膝の上にはチラシを手にしたマホがチョコンと座っている。
勿論座らせたのはリヴァイであって、今現在もしっかりマホの腹に腕を回して逃げられない様にホールドしているのだが、今のマホはそんなリヴァイの行動よりも、明日の自分の外出許可の方が重要らしく、チラシをリヴァイに手渡しながら必死な顔で話し出す。

「はい。明日、トロスト区の広場で販売されるんです。この職人さん、ミットラスにお店を持ってて、私も1度だけ父に連れて行ってもらってそこのケーキを食べたんですが、凄く美味しかったんです。調査兵団の本部で働くようになってから、なかなか王都に行ける機会も無いですし、明日だけの限定発売だし、どうしても行きたくて……」

マホの話を聞いているのかいないのか、しばらくチラシの文字に目を走らせていたリヴァイだったが、やがて納得した様に小さく頷いて、マホの方へと視線を向けた。

「そんなに行きたいなら行けば良い。明日は休みだしな」
「えっ!?」
「何だ?行きたいんだろ?」
「あ、え、そうですけど……本当に行っていいんですか?」

きっと、すんなりと許可は貰えないだろうと思っていただけに、リヴァイの返答が意外過ぎて、拍子抜けた顏をしているマホを見て、フンとリヴァイは口角を上げた。

「当然だ。お前が嬉しい事が俺は嬉しいからな」
「リヴァイさん……!!あ、有難うございます!!」

よくよく考えれば、自分の外出の予定にいちいちリヴァイの許可を得る必要性など全く無いはずなのだが、これまで散々リヴァイに振り回されて来たマホにとっては、今回のリヴァイの言葉は正に地獄で仏に会ったというレベルの感銘で、膝の上に乗せられた状態で思わず彼の手を強く握っていた。
“リヴァイへの許可”という難関をクリアしたマホの頭の中はすっかり明日の事でいっぱいになっていて、機嫌の良さそうなリヴァイがチラシをもう1度見てニヤリと笑っていた事までは気付いていなかった。


翌日、楽しみでなかなか寝付けなかった顏は若干寝不足を訴えているものの、心の方はしっかりと準備を整えていて、それに応える様に空もスッキリと晴れ渡っていた。
簡単に身支度を整えて、早速と部屋を出ようとした時、コンコン、と扉をノックされて、若干気を削がれながらも、マホは渋々と扉を開けた……瞬間、外から伸びてきた手にグイと腕を掴まれて、「ふぎゃっ」と爽やかな朝に似つかわしくもない声がマホの喉から漏れた。
マホの手を掴んだまま部屋に入ってきた人物は、さも当然といった顏で彼女にこう言い放つ。

「もう準備は出来たのか。行くぞ」
「はっ!?あ……の、リヴァイさんっ!?何言ってるんですかっ……私、今日……」

昨日の許可は何だったのかと困惑の色を浮かべるマホの腕を強く引いて、リヴァイは自分の胸に彼女の身体をボスンと預けさせた。

「マホよ。お前は1人で行くつもりだったのか?」
「当たり前ですよ!食べたいのは私で……」

そんなマホに、リヴァイはフンと勝ち誇った様に笑ってから、チラシをペラリと彼女の目前に掲げて見せた。

「お前、ちゃんと読んでなかっただろ」
「えっ?」
「よく読め。菓子の詰め合わせ限定販売のルールを」

少し馬鹿にした様な口振りに、ムゥと眉を寄せながらもマホは懸命に細かい文字にまで目を走らせた。

【菓子詰め合わせ限定100セット販売(男女ペア限定で1組1セット限り)】

そこまで読み終えたマホの顏がサッと青白く染まっていく。

「だ……んじょ、ぺあ……?」
「ああ。お前が1人で行っても売ってもらえねぇぞ」
「う……うあ……」

いつもの様にいつもの如くリヴァイは好き勝手に、放心状態のマホの頬やら首やら耳やらを指で撫で、その額に優しく口付けを落した。

「感謝しろよ。俺が付いて行ってやるんだからな」

例えば昨晩、もっとちゃんとチラシを読んでいたなら、誰か一緒に行ってくれる男性を見つけていたかもしれない。いやだが、もしそうなっていたとしても、リヴァイが許可をしただろうか……。
そう考えると、リヴァイと行く事になるのは必然だったのかもしれない。

何故か気に入られて、遊ばれてるのか本気なのか分からないラインのセクハラを繰り返してくる相手で、マホにとっての危険人物でもあるが、大好きなお菓子と危険なリヴァイという天秤は僅かにお菓子の方に傾いた。

「あ、アリガトウゴザイマス」

ロボットの様な片言のマホの返答に、リヴァイは意地悪く笑った。

「帰ったら、当然俺に褒美はあるな?」
「ほ、褒美って……」
「楽しみにしてる」

言って、しっかりと手を握って歩き出すリヴァイに、引き攣った顏でマホは笑うのだった。

[ |31/75 | ]

[mokuji]
[しおりを挟む]