なぜそこで威張る


「マホさん。仲の良い女の子にホワイトデーに贈るのってどんなのが良いと思います?」

そんな事をアルミンが聞いてきたのは、夕食後の後片付けの時で、驚いた私の手から、泡に塗れた食器がシンクに賑やかな音を立てて滑り落ちた。とりあえず食器が割れてない事を確認してから、アルミンの方に向き直ってみれば、乙女チックな青い瞳がジッと私を見ていた。

「えっと、バレンタインのお返しだよね?」
「はい。でもその女の子は僕にだけ特別なチョコをくれたので、僕も何か特別なお返しをした方が良いのかなと思って……」

おそらくその特別なチョコは特別な意味のチョコなんだろうけど、それをアルミンは理解してるのだろうか……?
アパートの大家といっても、学生住人達がどんな学校生活をしているかまでは知らないし、仲の良い子との仲良さ加減も分からない。
それに加えてアルミンは、恋愛に興味がある様で意外に初心だったり、かと思ったらとんでもないゲス心を見せてきたりするので、いまいち読めないのだ。

「アルミン。その女の子には何か言われたの?」
「『義理チョコじゃない』って言われましたよ」
「……それで、何て答えたの?」
「別に何も。『ホワイトデーにちゃんと返すね』って言っただけです」
「その女の子の気持ちに応えられるなら、特別なお返しをしても良いと思うけど……」
「応えられないと、お返しはしたらダメなんですか?よく分からないんです。そもそも僕の国にはホワイトデーなんて無かったですし……バレンタインだって、どちらかというと男性が女性に贈り物をするのが主流で……」

確かに、日本のバレンタインとホワイトデーの風習に、来日1年目の住人は毎度驚愕している。
だからこそアルミンも珍しく悩んでいるんだろうけど、気持ちが無いのに特別なお返しなんてしてしまったら場合によっちゃアルミンが天然たらしになってしまいかねない。住人達の平和を守る大家としてはそれは悪しき事態だ。

「アルミン。もし応えられないなら、ちゃんとそれを伝えて、皆と同じお返しをするのが良いと私は思うよ」
「そう……ですか?あ、でも僕もそんなに沢山チョコを貰ったわけじゃなくて、他の子へのお返しも何が良いか思いつかなくて……マホさんは今まで、どんなお返しを貰いました?」
「義理のお返しなら、可愛らしいマシュマロとかキャンディーとか、そういうのかな?」

真面目にアルミンの相談に乗っていた私は、その時背後に忍び寄る影があった事なんて全く気付いて無くて、ガシッと後ろから肩に腕を乗せられた瞬間に、自分の発言を後悔した。

「おいマホ。ホワイトデーにお返しを貰ったとはどういう事だ」
「り、リヴァイさん。あの、昔の話ですが……」

これまでの住人と同じく、リヴァイさんの世界にもバレンタインはあってもホワイトデーの習慣は無かったらしく、「ホワイトデーは男が女に告白する日」だと認識してしまって、何か面倒くさいから放置してたのだけど、今現在その所為で何だかもっと面倒臭い予感がする。
しかもアルミンは危険を察知した小動物の如く、颯爽と姿を消してるし、私の肩に腕を乗せて顏を覗き込んで来るリヴァイさんは狩人の顏になってるし……。

「それはつまりあれか。お前が男にモテたという話か」
「ち、違いますよ!義理のお返しの話です!」
「義理で告白するはずがねぇだろ」
「ああもうだから、違うんですって……。バレンタインデーの義理チョコのお返しですって」
「俺の居た世界は、バレンタインに義理なんてものは無かったぞ」
「そ、そうですか。それじゃモテない人には本当に縁の無いイベントだったんですね」

リヴァイさんの居た世界のバレンタイン事情はシビアだったみたいだが、当のリヴァイさんは何だか得意気にフンと鼻を鳴らしている。

「だろうな。俺は興味は無かったが、毎年勝手に執務室の机に色々置かれてたが……」
「なぜそこで威張るんですか。ああ、でも、そうですね。モテたんですね……」

兵士長だったらしいし、人類最強だとか言われてたらしいし、憧れる人はいっぱいいたんだろうな……。
黄色い声援を投げかけられるリヴァイさんという図を想像して、ちょっとセンチメンタルを拗らせていたら、ゴンとリヴァイさんにこめかみに頭突きを食らわされて、一瞬で現実に戻された。

「俺の話は別にどうでもいい。お前だ。お前は今までバレンタインに男にチョコを渡した事があるのか。ホワイトデーとやらにお返しを貰った男とは付き合ったのか?」
「いや、だから別に男の人に告白するのがバレンタインってわけじゃないですから……」
「質問に答えろ。俺と出会う前に別の男にチョコを渡してたのか?」
「リヴァイさんと出会ってからも、学生住人達にチョコはあげてますけど……」

そんな屁理屈は聞いてないと言わんばかりの瞳で睨み付けられて、ちょっと、ほんと面倒k……怖い。

「……あったとしても過去の話ですよ。どうでもいいじゃないですか」
「何言ってる。お前の事でどうでもいいものなんてあるはずねぇだろうが」

背後にキリッという文字が見えそうなぐらいのドヤ顏で言われて、まだまだしばらくこの話題は続きそうな予感に、私はガックリと項垂れた。

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