悪役を買って出た


「ねぇ、兵長の奥さんの話、知ってる?」
「あー……恐妻だって噂よね?兵長が尻に引かれてるとか……」

通りがかった廊下で交わされていた聞き捨てならない陰口に、ピキリとリヴァイの眉間に皺が寄った。
マホとそう歳は変わらないだろう、女性兵士が2人、キャイキャイと盛り上がっている。丁度背中を向けているので、おしゃべりに夢中でリヴァイの存在にも全く気付いて無いらしい。

「政略結婚でしょ?兵長も可哀想よね」
「兵団の資金繰りっていっても団長も非情だね」

これが自分の事だけであったならリヴァイは特に気にもせず、何事も無かったかの様にその場から立ち去っただろう。言いたい奴には言わせておけば良いし、それで不快だと思う事も無かっただろう。
そう、あくまで自分の事だけであったなら……だ。

そのまま真っ直ぐに彼女達に近付くと、すぐ後ろまで来てからリヴァイは「おい」と低い声を放った。
ビクッと面白い程に揃った動きで彼女達の肩が上がり、ギギギ……と音がする様な動きでゆっくりと2つの顏が後ろを向いた。

「り、ヴァイ兵長……」
「あ……え、えっと……」

明らかに焦りの色を浮かべている2人を冷ややかな眼差しで睨めつけて、リヴァイは言う。

「呑気にお喋りしてる暇があったら体を鍛えたらどうだ。壁外でまともに使えないグズは調査兵団にはいらねぇぞ」

引き攣った顔のまま、2人の兵士はビシッと姿勢を正し、敬礼のポーズをとる。

「す、すみませんっ!!」
「失礼しました!!」

撥ね付ける様に言い放ち、我先にと走り去って行く後ろ姿を見えなくなるまで睨み付けて、チッとリヴァイは舌打ちをした。


その夜、ベッドの上で赤子をあやすマホを、後ろから抱き抱える様にしてリヴァイは彼女の腹に腕を回した。

「ちょ、ちょっと、リヴァイ?まとわりついて来ないでよ……」
「……煩ぇ。疲れてるんだ。しばらくこうさせろ」
「……何かあったの?」
「別に……」

背中に感じる温もりに、そこから注がれてくる愛情に、マホは心地良さそうに瞳を閉じていた。

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